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【7】恋はセラピー? ピヨたんを懐かせるための100の方法……①
「うーん。やっぱりお直しが必要だな」
陽向は自室にある鏡の前で悩んでいた。ハイランドレディとして潜入するために専用の作業服を手に入れたが、女性仕様のせいかサイズが合わない。ウエストで合わせるとヒップがぶかぶかになり、ヒップで合わせるとウエストが苦しい。誤魔化そうと大きめのズボンを穿いてベルトで縛り、後ろ姿を鏡に映すとシルエットがサイの尻だった。
「尻が甲冑みたいだな。変だ。これでは女装がバレてしまう……」
男と女では骨盤の形状が違うんだなと、どうでもいいことを実感する。
上着とエプロンも併せて全て直すことに決め、陽向は違う洋服へ手を伸ばした。
途端にテンションが上がり、フンフンと陽気な鼻歌が洩れる。
「んー、どっちにしよっかな」
鏡に向かってあれこれ悩む。雰囲気だけでいえば生まれて初めてデートする少女のようだった。
十月に入ると慌ただしい日々が過ぎ、曜日の感覚がなかった。潜入の準備と計画を立てつつ、その合間を縫って周防と抱き合う日々の中、久しぶりにきちんと治療ができそうな時間が空いたのだ。一日オールオフ、二十四時間自由の身。持ち帰りの仕事もない。夢のような休日に陽向は浮かれていた。
「ああ、やっぱ、こっちかな」
ハンガーに掛かったままの二枚のワンピースを交互に合わせてみる。
二人はいつも周防の部屋で抱き合っていた。その方がお互い落ち着くからだ。治療を円滑に行うにはリラックスできる環境が重要で、周防は場所を陽向は小道具を提供していた。もちろん道具の費用は周防が持ってくれている。
「よし、こっちにしよう」
大人っぽい黒のワンピースとシフォン素材のガーリーなワンピースのどちらが似合うか散々迷った末に、可愛いもの好きの周防ならふわふわ系が好みだろうと白いワンピースを選んだ。ロングのウイッグと合わせてもう一度、全体像を確認する。どちらもネットで買ったものだ。
ワンピースだとこれ一枚で女装できるので凄く便利だ。サイの尻になる心配もない。
けれど、陽向がワンピースを選んだのには、ある理由があった。
この前、写真をせがまれた時に、周防が似合うと褒めてくれたのだ。
用意された黄色のニットワンピを着て、部屋の真ん中でくるりと回って見せると、可愛い可愛いと周防が興奮した。踊ってくれと言われて、その姿でピヨたん音頭を踊った。周防のテンションは一気に上がり、もう一度とせがまれた。スマホで一生懸命、撮影しながら陽向を応援してくれる周防の姿に、陽向の心も弾んだ。
――ピヨたんは世界一、可愛い。ああ、俺のピヨたん。
スマホを構える周防は、運動会で撮影を頑張るお母さんのような慈愛に満ち、けれど、恋人の可愛い姿を残しておこうと必死になっている男の一途さもうかがえた。
――なんか楽しいな……。
何よりも周防が喜んでくれるのが嬉しい。陽向は撮影のために何度もポーズを決めては、しばらくの間、ピヨたん音頭を踊り続けた。
今日もその姿を想像しながら白いワンピースを選んだ。
メイク道具を持って周防のマンションに向かう。チャイムを鳴らすと周防が快く出迎えてくれた。
「そのまま来てくれたのか?」
「はい。嫌でしたか?」
「いや、とにかく嬉しい。入ってくれ」
お邪魔しますと挨拶しながら中に入った。もちろん目立つのを避けるため、ワンピースの上に薄手のニットコートを着ていた。それを周防が受け取ってくれる。
「足が冷えるといけないな」
周防がひよこ色のスリッパを出してくれた。もこもこしていて凄く可愛い。
スリッパに履き替えながら玄関にある鏡をチラリと覗く。陽向の女装も板についてきた。喉仏さえ見えなければ完全な女の子に見える。どうやら陽向の特徴である背の低さと頭の小ささ、目の大きさが女装に向いているようだ。これなら潜入も上手くいくだろう。
リビングに向かうとテーブルの上にスコーンと紅茶が用意されていて驚いた。どれも色が綺麗で感動する。
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