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【7】恋はセラピー? ピヨたんを懐かせるための100の方法……③

「入中は普段、何をしている? 休みの日は?」 「休みの日ですか? うーん、普段は寝てます。アベの時も寝てるかな」 「可愛いな。ピヨたんには睡眠が必要だからな。ふわふわの布団の上で小さく丸まって、すやすや眠って、寝顔も寝言も……夢のように可愛いんだろう。ふわふわの毛布を掛けて、背中をなでなでしたい」 「自分では分かりませんけど」  周防は口元だけで薄っすらと微笑んでいた。陽向にしか分からない笑顔だったが、それが嬉しかった。睡眠中のピヨたんを想像して頭の中で一生懸命、愛でているのが分かる。顔には可愛い、幸せと書いてある。 「周防さんはアベの時、何をしてるんですか?」 「俺か? 色々だ。勉強もするし、興味のある業界のセミナーにも参加する。もちろん、休暇を楽しむために旅行をしたり、ボルダリングなんかもやる」 「ボルダリングって部屋の中でやるロッククライミングみたいなやつですか?」 「そうだ。頭と体を同時に使うスポーツだ。精神力も必要になる。シンプルだがやってみると楽しいぞ」 「へえ、経験したことないんで分からないですけど、面白そうですね」  周防は趣味が多彩そうだ。  仕事のできる男は他のこともできる。特にトップクラスのコンサルは食事や趣味に一定のバリューを置いている者が多く、マクロビオティックやヨガや禅に傾倒している者も多い。 「入中はダンスが上手だからな。リズム感が抜群にいいし、動きにキレがある」 「本格的にはもうやってませんけど」 「また、始めてみたらどうだ? ダンスにも色々、種類があるだろう」 「そうですね。時間があれば、またチャレンジしてみたいですけど」  周防からスマホで動画を見せられる。小さな画面の中で陽向が懸命に踊っていた。  何気なく右下の数字を見ると再生回数が百回を越えていた。引くわと思いつつ、周防の愛情の深さを感じた。 「そろそろ始めましょうか?」  スコーンを食べ終えて礼を言い、陽向は洗面所でメイクを直した。ワンピースの裾も整える。  鏡に向かってニッコリ笑ってみる。うん、可愛い。よしと気合いを入れて部屋に戻る。  リビングのソファーに座っている周防が、陽向に向かって両手を伸ばしてきた。一途な仕草が凄く可愛い。 「ん」 「いいですか?」 「入中を抱っこしたい。おいで」  体温の高い体に抱き留められる。ふわりと周防の匂いがした。そのまま、ちょこんと周防の膝の上に乗る。  広い肩幅と硬い胸板、抱き心地のいい腰、安定感のある膝。後ろにそっと手を回すと頼りがいのある背中があった。どれも安心する。  ――あ……。  体温と吐息を交換すると途端に体が鋭敏になる。  周防の鼓動が布越しに響いて、じっとしているだけで体温が上がる。周防の呼吸音や喉の鳴る音まで聞こえ、男の存在を傍に感じた。  ドキドキするのに気持ちが落ち着く。  不思議な感じだ。  セックスとは違うが、お互いが一つになっているような甘くて尊い錯覚を覚える。  ――心が重なっている気がする。  錯覚だと分かっているのに、男の膝に乗って抱き合っているだけで親密な気持ちになれる。知らないうちに胸が躍り、頬が火照った。気づかないふりをして甘い衝動を抑える。  なんでこんなにドキドキするんだろう……。  ときめくのは仕方がない。周防が魅力的なせいだ。  ――これがこの男の魅力なんだ。  わずかに目を閉じてこの尊い安寧を味わう。周防の心地いい匂いと体温に癒されながら、心がとろりと解けていくのを感じた。  静かな部屋の中で微かな衣擦れの音と周防の吐息の音を聴く。体が少しでもずれると、そのたびに周防が大きな手で支えてくれる。そこに嘘ではない本物の愛情を感じた。  ――凄く……幸せだ。  抱き合うことが周防の治療ではなく陽向の癒しになっていることに、本人はまだ気づいていなかった。

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