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【7】恋はセラピー? ピヨたんを懐かせるための100の方法……④
「ああ、ピヨたんは小さいな……」
「周防さんが大きいんです」
隠しているコンプレックスを刺激されて陽向が不貞腐れると、頭をよしよしされた。
「やっぱり小さい。可愛い」
「…………」
柔らかくて、小さくて、ふわふわしている、と説明される。自分は男だぞと思いながら、周防の好みに合うのだとしたら、それはそれで素直に嬉しいと思う。
「こうやって、ずっと抱っこしていたい。膝に乗せて、可愛がって、頬ずりして。背中をトントンして、頭をなでなでする。抱き締めて、揺らして、可愛いと囁く。ああ、幸せだ……」
周防の呟きを聞きながら陽向もつられるようにうっとりしていた。
周防の腕の中は本当に心地がいい。温かくて、守られていて、いい匂いがする。ずっとこうしていたくなる。
二人はしばらくの間、ソファーの上で抱き合った。言葉がなくても幸せだった。
お互いの存在を噛み締めつつ、陽向は気になっていたことを尋ねてみた。
「女装にメイク姿でも蕁麻疹が出なくなりましたね」
「そうだな」
「だいぶ効果があったみたいですね」
「ああ」
周防は最初、メイクとウイッグの合わせ技が駄目だった。特に濃いメイクが苦手のようで、ナチュラルメイクの時よりも蕁麻疹が酷く出た。髪も長い方が苦手のようだった。
「これなら、ショートカットの女性やノーメイクの女性なら、もう大丈夫なのでは? なんか、いけそうな気がするんですが」
「それは違う」
「……難しいですね」
「今のこれも、実のところピヨたんの女装に慣れただけなのかもしれない」
「それは、どういうことですか?」
「分からないが、そんな気がするんだ」
周防に頭の後ろを取られる。不意に顔を近づけられた。
「もう一歩、進んでもいいか?」
「え?」
「キスしても?」
「――うえっ!」
「入中……」
躊躇う間もなく、周防の唇がゆっくりと近づいてくる。触れそうになった瞬間、爆発音のようなざわめきが空気を越えて伝わってきた。
ボンッと一瞬で周防の顔がぶつぶつになる。
お互い、わっと叫び声を上げた。
「すまない、入中。離れてくれ」
「は、はい! こちらこそ、ごめんなさい」
陽向は周防の膝の上から飛び降りた。慌てて洗面台に駆け込んでメイクを落とし、ウイッグも外す。
周防はしばらく苦しんでいたが、陽向が差し出した水を飲むと呼吸が落ち着いた。徐々に蕁麻疹が薄くなっていく。
「本当にすまなかった」
「いえ。大丈夫です。とにかく、抱き合うところまでは大丈夫になったんですし、落ち込まずに前向きにいきましょう。これはきっと、いい兆候です。治療が一歩進んだんですから」
「そうだな……」
「はい」
陽向は動揺しつつも内心嬉しかった。
周防の女性恐怖症が治ったら自分はもう必要なくなる。こんなふうに会ったり、会話したりもできなくなる。それがどうしてか寂しかった。まだ大丈夫だと思うと、安堵と喜びが込み上げてくる。
「とにかく頑張りましょう」
「……本当に、すまない」
「え? だから、謝る必要なんかないですよ」
陽向とは反対に周防の顔は曇って見えた。わずかに下を向いて唇を噛んでいる。いつも見ない表情に胸が痛んだ。やはり蕁麻疹が出たことがショックだったのだろうか。それとも治療が遅々として進まないことに苛々しているのだろうか。
「あの、どうかしました?」
「……療は……もう……いいんだ」
「え?」
周防の言葉は掠れていてよく聞こえなかった。
「……入中はどう思う? 治ると思うか?」
「もちろん治ります。徐々によくなってますし、確実に前に進んでいます。……確かに色々ありますが、気落ちせずに頑張りましょう。何事も前向きに、です。俺もできるだけ協力しますし、よくなるように努力します」
「努力……」
周防は何か言いたげな顔をしていた。
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