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【7】恋はセラピー? ピヨたんを懐かせるための100の方法……⑧
二人はタクシーに乗って室内型のクライミングジムへ向かった。
中へ入ると傾斜のきつい壁があり、様々な形や色をしたホールドと呼ばれる突起物が並んでいるのが見えた。専用のウェアに着替え、クライミングシューズとチョークバックを借りて、高さ五メートルのエリアに向かう。
「入中は初心者だからハーネスを着けた方がいい。何かあったら大変だからな」
ストレッチを終えた周防が説明しながら着けてくれる。命綱があれば落ちても心配はなさそうだ。
「どうやって登るんですか? 両手でつかまればいい?」
「手じゃなくて足を使うんだ。梯子を登る要領で、足の力を使って体重を上へ移動させる。腕だけで登ろうとすると疲れてしまって長く楽しめない」
「なんとなく分かりました」
「やって見せよう」
周防はそう言いながらひょいひょいと身軽に登っていく。下から見上げると周防の男らしい太腿や股間の膨らみが見えてドキドキしてしまった。体にピタリと張りつくようなウェアがエロティックで意味もなく胸が騒ぐ。
――カッコいいな……。
長い手足にアスリートのような締まった体、身軽で滑らかな動きに感心する。
ボーッとしていると周防がストンと下りてきた。
「できそうか?」
「やってみます」
とりあえず、つかみやすそうな石に手を伸ばしてみる。両手を使って登った。最初は楽に登れたが、すぐにきつくなった。指が痛い。
「腕は曲げるな。真っすぐ伸ばしたまま登るんだ」
「は、はい」
周防が下からつかむ石の番号を教えてくれる。指示に従いながら進み、半分くらいのところで力尽きた。ぶらーんとみっともなくぶら下がる。
「ハッ! ピヨたんが宙吊りに。可愛い。眼福か!」
下で周防が興奮している。
違う楽しみ方をするなよと思いつつ、無視してもう一度、登った。
どうやら闇雲に手を出して登れるものではないようだ。手足の距離やバランスを考慮しながら、どの石に手を伸ばすのか、その都度、考えないといけない。一つでも選択を誤ると初心者はそこから動けず、やがてぶらーんとしてしまう。
「ううっ、手が……」
「頑張れ。右足を上手く使うんだ」
「つ、使うって?」
「バランスを取りながら、ぐいっと体を上に押し上げる要領だ」
足の使い方がよく分からない。コツがつかめないまま、またぷらーんとしてしまう。
一つもカッコいいところを見せられずもだもだしていると、周防がお姫様抱っこで支えてくれた。
「空からピヨたんが降ってきた。ここは天国か」
「やめて下さい」
「可愛いなあ」
周防はじーんとしている。
「ボルダリングの真の楽しさがこんなところにあったとは。今まで微塵も気づかなかった。ピヨたんといると、新たなイシューが次々に生まれるな」
「違います」
その後も何度かチャレンジしたが、結局、上までは登れなかった。プラプラするたびに、下で周防が支えてくれた。女装で抱き合う時のように安堵しながら、治療ではない普通の触れ合いに胸が弾んだ。
――ああ、楽しいな。
周防といられることが嬉しく、仕事や治療ではない部分で周防の趣味を共有できたのが嬉しかった。
久しぶりの運動と汗をかいたことが気持ちよく、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
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