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【8】ピヨたん潜入す……②
「ひなちゃん、仕事慣れた?」
「あ……はい。緑さんのおかげで慣れました。ありがとうございます」
「地味な仕事だけど体力勝負で大変でしょ? ハイランドのビルはうちの会社が全部やってるから……。テナントによっては凄く気も使うし、それぞれ掃除のやり方も違ってホントに面倒よね。でも、頑張ってたらクビになることはないし、お給料は少ないけどちゃんともらえるから、頑張って続けなさいよ」
「はい。ありがとうございます」
「勤続年数でお給料も上がるのよ」
「そ、そうなんですね」
陽向は勇気を出して訊いてみた。
「……あの、緑さんはハイランドタワーの呪いってご存知ですか?」
「え?」
「ハイランドのビルには、呪いがあるビルがあるとか」
「……あなたそれ、どこで聞いたの?」
緑の表情が急に変わる。やはり、問題があるんだなと思った。
「噂で聞いたんですけど」
「噂?」
陽向は咄嗟に嘘をついた。
「私の兄がIT関連の企業に勤めているんですけど、ハイランドのビルに本社を移転しようとした時、その噂を聞いて……結局、移転をやめたらしいんです。業績が悪くなるとかなんとかって……」
「そうだったのね。でも……そのことについては、あまり口外しない方がいいかも」
「それはどうし――」
陽向が尋ねようとした時、休憩室のドアが開いた。目つきの鋭い、年配の女性が入ってくる。陽向の写真を撮った女性だった。続けて彼女の取り巻き数名が入ってきた。
「休憩時間はとっくに過ぎてるわよ。あなたたちサボってないで仕事をしたら」
「すみません」
陽向は頭を下げ、緑とともに部屋を出た。
角を曲がったところで緑が話し掛けてきた。
「ホントに……ホントにね、ここだけの話なんだけど……」
「はい?」
「その噂流してるの、さっきの朝井さんのグループなの。意図は分からないけど、私たちにメリットがないわけでもないから……」
「メリットって?」
緑の声はさらに小さくなった。
「テナントが入ると掃除が大変でしょ? 空いてるフロアの掃除は週に一度でいいし、何も置いてない分、掃除も楽だから。親会社であるハイランドにとってはよくないことだけど、私たちハイランドレディにとっては……ねえ。給料も変わらないなら仕事は楽な方がいいしね」
「仕事を楽にするために噂を流してるんですね」
「多分、そうだと思うけど……。後は、たとえばオフィスじゃなくてホテルなんかが誘致されたら私たちの仕事はなくなるから」
「なくなる?」
「ホテルの管理や掃除はそのホテル自体がするから、私たちの仕事はなくなっちゃうのよね。ハイランドタワーは今、オフィスが多いけど、ホテルだらけになったらテクノサービスの事業自体は縮小されちゃうかもね。とにかく入るテナントによって私たちの立場は変わっちゃうから、正直、今のままが一番いいのよね」
「なるほど」
やはりそうかと思った。呪いの噂はハイランドレディが自分たちのために流している。だが、まだ真実かどうかは分からない。
噂の本元は突き止めた。後は朝井が噂を流す現場を突き止めればいいだけだ。
陽向はそのチャンスを狙うことにした。
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