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【8】ピヨたん潜入す……③
仕事の報告は逐一、周防にしていたが、会えない日が続くとどうしてか不安になった。会いたいし、声が聞きたい。
周防も連日徹夜の勤務で忙しいらしく、あまり我儘も言えなかった。
それでも周防のことが気になる。
いてもたってもいられなくなった陽向は夜、ベッドの上から周防に電話してみた。話してみたらこの気持ちの理由がはっきりと分かる気がしたからだ。どうせ出ないだろうという思惑も心のどこかにあった。
予想に反して周防は数コールで通話に出た。
『どうかしたのか? 入中が電話してくるなんて珍しいな』
「いえ……」
周防の声を聞いて安心した。元気そうだ。
そう思った瞬間、特に話すことはないのだと気づく。
「あの、仕事のことですが……」
『報告書には全て目を通している。レスもすでに入れてある。安心していい』
「あ……はい」
しばらく沈黙が続く。何を切り出したらいいのかも分からず、周防の息遣いだけを聴いていた。
――心地いいな……。
恋人ではない誰かとこんなに近くにいるのは久しぶりのことだ。
人は意外と他人の出す音が気になるものだ。見た目やその他が気に入っても、出す音が嫌で一緒にいられなくなることさえある。陽向は周防の心臓の音や呼吸音、低い声のトーンを気に入っていた。聴いているだけで凄く安心するのだ。話の内容によってはドキドキもしてしまうが……。
『入中が電話してきてくれて嬉しい』
「そうですか?」
『電話をしてきた理由がそうだったらいいのにと、思い当たることもある。そろそろ気づいてほしいとも思っている』
「え?」
なんだろう。治療のことだろうか。
『俺からはどうすることもできない。転移だと言われてしまえばそれまでだ』
やっぱり、そうだ。忙しさにかまけて治療が進んでないことを憂慮しているのだろうか。
「あの……俺、頑張ります。潜入が終わったらまたちゃんと治療もしますし、仕事も必ず……というか、絶対に例の噂の証拠はつかんでみせます。だから――」
『入中が頑張っているのは分かっている。見た目はふわふわしていても、中身はしっかりした青年だというのも知っている。そうやって責任感が強くて、人のために心を砕く男だということも知っている。知っているからこそ……いや、いい。とにかく、感謝してるんだ』
周防はそこで一度、言葉を切った。
「周防さん?」
『話題を変えよう。ご飯は三食、きちんと食べているか?』
「なんですか、急に?」
『バランスのいい食事をしているかどうか気になった。入中はいつもコンビニ弁当だからな』
声が柔らかく変化する。陽向は自然と笑顔になった。
「久しぶりに、お母さんみたいですね」
『野菜もちゃんと食べるんだぞ』
「分かってます。ほうれん草とニンジンとブロッコリーは毎日、食べてます」
そう言いながら、最近、あまり食欲がなかった。
忙しいのもあるが、常に胸がつかえる感じがしてたくさん食べられない。体もなんとなく熱い。寝不足のせいか自律神経が乱れている。年末の健康検診まで体には気をつけようと思った。
『だが、疲れたな……』
「え?」
『実のところ、色々あって……凄く疲れている』
「あの、大丈夫ですか」
『ああ……』
周防がこんなことを言うのは珍しい。PMの仕事で激務が続いているのは知っていた。
どうしよう。周防のために何かしてあげたい。けれど、何も思いつかなかった。
「何か俺にできることありますか?」
『そうだな……』
ふぅと小さな溜息が聞こえる。
『入中にできることがあって、入中にしかできないことがある。一番はできないだろうが……二番なら』
「なんですか、それは?」
『歌を歌ってくれるか? 好きとか愛してるとか、MY LOVEとか、そういう直接的な言葉が入っているラブソングを今、ここで歌ってほしい』
「分かりました。歌は得意なんでいいですよ」
そんなことかと思った。周防のためなら歌うことぐらいなんでもない。陽向はタブレットで周防が望む曲の歌詞を調べた。間奏でCメロ的にラップが入ってる熱烈なラブソングだ。
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