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【9】その感情にクレジットをつけるなら……③

「周防さんカッコいいよな。俺、周防さんが書いた資料や提案書見て鳥肌立ったもん。パワポでイラストレーター並みのブローシャが作れるとか、そんな表面的なことじゃなくてさ、あれは独自の言語だよな。美しい言語。綺麗すぎて圧倒されて、エッシャーの版画を初めて観た時みたいに感動した。頭がいいのはもちろんだけど、人としての美しさを持ってるっていうか、全てが誠実で正しいんだよな。ロジカルシンキング――論理的思考って簡単に言うけどさ、それって要はどれだけ自分と向き合えるか、逃げずに正直でいられるかってことだよな。俺らの仕事って結局、先の見えない状況、正解のない問題に対して自分ならどうするかっていう答えを見つけることだからさ」 「そうだな」  答えとは具体的解決案のことだ。クライアントはそれにフィーを払う。 「世界中の会社や組織の『誰にも正解が分からない』問題解決を仕事にする――これはマッキンゼーだけど、なんかほんと、全てを試されるって感じだもんな。時々、そんなこと誰が分かるんだよ、エスパーじゃないし、ってクライアントに突っ込みそうになる」 「そうそう、俺なんかもう擦り減っちゃって、自分なんてどこにもないよ、はは」  森崎は乾いた笑い声を出した。 「人事系でもやっぱそうなのか? 自分が擦り減るってのは、俺もだけど」 「おまえは大丈夫だろ。つーか、入中はこれからもずっとコンサル続けんの?」 「うん。続けたい」 「俺も本音では続けたい。けど、限界も感じてる。体力的にも他のことも」 「なんで? サッキーも一緒に頑張ろうぜ」 「簡単に言うなよ。けど、まあ、キャリアは自分で作り出すもんだけどな」  外資系の大手コンサル会社(ファーム)は社員の平均勤務年数が三年ほどだ。これは使い捨てというわけではなく、ノウハウを得たコンサルが自分で何かを考え出して新しい仕事を始めるために起こる現象だ。業界最大手のマッキンゼーでは五年以上いると逆に使えないコンサルの烙印を押されてしまうほどだ。その中でファームに残り、パートナーと呼ばれる頂点に上り詰めるのも、百人に一人というある意味大変な世界だ。  陽向はコンサルタントになるまでは絶対にEKを辞めたくなかった。周防と同じプロマネにはなれなくても、コンサルになってきちんと結果を出したい。その後のキャリアはなってから考えたかった。何よりも周防とずっと仕事がしたい。自分の能力を少しでもいいから、周防に認められたかった。 「じゃあさ、なんか約束しようぜ」  陽向の提案に森崎が顔を上げた。 「約束?」 「うん。サッキーがコンサルになったらお祝いしてやるよ」 「はは、そういうことか。何してもらおっかな。フグでも奢ってもらおうか」 「欲がないな」 「約束なんてさ、そんなんでいいんだよ。することに意味があって、それが果たされるかどうかなんてホントはどうだっていいんだ。そもそも相手の負担になるだろ?」 「なんだ、サッキーってば、やっぱり優しいな」 「そうだろ? 俺はいい男だろう? 惚れたか?」 「全然」  くだらない会話を続けながらも、陽向は感心していた。  同期である森崎も愚痴をこぼしつつ自分に何ができるかをきちんと考えている。日々、成長を続けている。  あの過酷な新人研修――しなびた温泉地に缶詰にされ、自動車業界の仮想プログラムでパッケージを作らされた時、辞めたり逃げたりする新入社員がいる中、頑張ろうぜと励ましてくれたのがこの森崎だった。その時の教育係が周防でフレームワークの基礎やチャートの描き方を陽向に教えてくれた。緊張の連続で誰に何を教えてもらったのか感じる余裕もなかったが、考えてみればあの頃から周防は厳しくて優しかった。  ――そうだったんだよなあ……。  クールな横顔で陽向の書いたパッケージに赤を入れる、周防の骨ばった長い指の美しさと、低く深みのある声を思い出していた。

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