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【10】ズレた分だけキミがスキ……①
今日も一日忙しかった。陽向は掃除スタッフとして夕方まで懸命に勤務した。
世の中に楽な仕事なんてない。
ビル一棟を人の手で綺麗にするのも大変な仕事だ。
ハイランドレディの業務を終えて女装したまま外へ出ると周防が通りに立っていた。これだけ人が行き交うビジネス街であっさり周防を見つけられることに驚く。
――あ……。
周防は陽向を見つけるとゆっくりと手を振った。思わず振り返しそうになって反対側の手でぐっと押さえ込む。何をしてるんだ自分、と心の中で突っ込んだ。
けれど、素直に嬉しかった。
周防がそこにいてくれて嬉しい。迎えに来てくれたことが嬉しい。自分を待っていて、それも楽しそうに待っていてくれたことが、本当に嬉しい。
――今日も立派なコンサルタントだ。
ただ立っているだけの周防に胸が高鳴った。スーツにコート姿で優雅に手を振る周防に目を奪われる。それも当然だろう。今も道を行き交う若い女性がチラチラと周防のことを見ている。
周防の背筋はピンと伸び、品のあるチェスターコートが体にピタリとフィットしていた。体幹はほどよく鍛え上げられ、腰の位置は高く、コートの下から折り目のついたスーツの裾が真っすぐ伸びていた。
――カッコいいな……。俺はあの体を知っているんだ。
胸のほどよい厚みと、凹凸のある腹筋。大きな手と優しい慰撫。
周防に抱き締められているところを想像して鼓動が跳ねる。その匂いや体温も思い出していた。
ん? おかしいだろ。
またこの情動かと、慌てて妄想を打ち消す。
久しぶりに会えて嬉しいのだと自分に強く言い聞かせる。無意識のうちにテンションが上がっていた。
「入中、大丈夫か?」
「え?」
「ボーッとした顔をしている。疲れたんだろう。今日の抱っこはお預けにするか」
「…………」
今日は仕事のために女装している。このまま周防のマンションに行ってもよかった。周防の仕事が終わるまで部屋で待っていてもいい。
逡巡していると頭を撫でられた。
「入中は俺のために一生懸命、頑張ってくれている。俺はそれが本当に嬉しい。最初、治療の提案をされた時は冗談かと思ったが、こんなにも親身になってくれて俺は感動している。本当に心から感謝している」
「少しは……役に立ってますか?」
「もちろんだ」
「そうですか……」
夜の街を並んで歩く。
気づけば十一月も半ばに入り、街路樹が美しく色づき始めている。風にも冬の気配が混ざり始めていた。あのピヨたん音頭で倒れた日から、ずいぶんと時間が経っていた。
歩きながら、周防に治りそうですか? と訊こうとして訊けなかった。
答えによっては今の関係が変わってしまう。仕事以外で会えなくなると思うと、たまらなく寂しかった。
「やはり、疲れているんだろう?」
「いえ、これも仕事なんで」
陽向は、ヒールは低いがパンプスを履いているため、いつもより歩くのが遅かった。そんな陽向に合わせて周防はゆっくり歩いてくれた。
仕事のことを話さなくてはと思うのに言葉が出ない。
これでいいのだろうか?
周防は自分のアソシエイトとしての頑張りを本当に認めてくれているんだろうかと、疑問が湧いてくる。
シューズメーカーの時も、大手建設会社やファストフードチェーンの時も、とにかく結果を出したかった。陽向はディレクターやPMのように、自分の裁量で課題を解決したり、コンサルとしての仮説の構築や検証作業をしたりが、まだできない。だからこそ、生の情報と向き合って格闘しているアソシエイトとしてのひらめきを認めてほしかった。事実、陽向がミーティングで積極的に発言した内容が採用されたことはこれまで何度もあった。
――認められたい。
こんな格好でビジネス街を歩いていることを、周防はどう思っているんだろうか? 少しでも評価してくれているんだろうか。
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