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【10】ズレた分だけキミがスキ……③

 けれど、陽向の脳内はさっきのキスを何度もリピートしていた。冷たい風が吹く夜の街と、周防の真面目な顔、大きな手と引き寄せられた腕の力の強さ。透き通るようなシダーウッドの残り香と周防の匂い。幻想の中、行き交う車の音と夜の喧騒が耳の奥で響いて消えた。  耳も手も、体のどこも冷たかったのに、唇だけ熱かった……。  指先で唇に触れると、まだ周防の熱が残っていた。  周防にとっては未来に繋がるキスだったのかもしれない。  フルメイクの女性とキスしても蕁麻疹が出なかった。  そう、ぶつぶつにならなかった。治療は……終わった。  終わったらもう抱き合う必要はない。プライベートで会うこともない。  ――こんなキスは知らない。  何かが始まるようなキスは知っている。けれど、何かが終わってしまうようなキスは知らなかった。  夢から醒めてしまうような、そんなキスがあるなんて……。  何度、思い出しても周防の表情が読めなかった。  周防はどんな気持ちだったのだろう。  嬉しかったのか、悲しかったのか。  未来が見えて幸せだったのか?  ――ああ……。  見えなくなった姿を追うのをやめ、陽向は脱力するように座席に体を沈めた。 「俺は……どうしたかったんだろう……」  陽向は自分の気持ちが一つも分からなかった。  何気なく後ろの座席のドアガラスを見ると頬に水滴がついているのが見えた。  ――雨か……。  嫌な雨だなと思っていると、すぐにその不自然さに気づいた。  水滴が流れているのは陽向の両頬だけだった。  え?  泣いてる?  俺は泣いているのだろうか?  信じられない。  自分でも気づかぬうちに泣いていた。それも涙が顎まで垂れるほど。 「こんなことって……」  そっと自分の頬に触れてみる。それは錯覚ではなく本当に濡れていた。  ――ああ、そうか。  そうだったのか。  やっぱり、そうだったんだ……。  一人きりの夜のタクシーの中で気づきたくなかった。それだけは嫌だった。  でも、もう誤魔化せない。自分に嘘をつくことはできない。  ――好きだったんだ。  周防のことが好きで好きで、たまらなかったんだ。  今も好きで仕方がない。  だからこんなにも泣いている。  未来の周防の隣にいたいのは、他の誰でもなく……自分だった。  でも――  それでも……。  周防の恐怖症を治せてよかったと思った。今、この感情に気づいたけれど、周防の悩みを解決できたことだけは、本当によかった。俺はやったと、やりきったと、そう思った。 「ちょっとだけ……自分が……馬鹿みたいだけどな……」  なんのためにやったんだろうと悲しくなって、あの遊園地の日の、手を繋いだ三人の後ろ姿を無理やり思い出した。あの風景に似た未来を周防に与えられたのなら、きっとそれはいいことだ。 「これもバリューだ。俺は頑張った。いいことをした。うん、間違いない」  世界を変えた。いいことをした。人を幸せにした。だから俺も幸せになった。うん、大丈夫。  本当に……大丈夫。 「俺はちゃんと幸せだから」  そう言った途端に――喉が詰まって涙がこぼれた。  情けなくて惨めで、訳もなく悔しくて、悲しくて、それでも周防のことが好きだと思った。  胸が苦しくて、もうどうしようもない。陽向はシャツの上から自分の胸を押さえた。 「周防さん……」  あの人が好きだ。  ――大好きだ。

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