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【10】ズレた分だけキミがスキ……⑤

 ホッと胸を撫で下ろす。  陽向は周防に報告をするため女子トイレの中に入った。  スマホで状況を知らせるとすぐにこちらへ向かうと返事が来た。周防も何か話したいことがあるようだ。  もうここにいる必要はない。早く女装を解いて外へ出たかった。  念のため、スマホのデータをクラウドに上げようとした時、トイレのドアをノックされた。 「出中さん、いるんでしょ?」 「え? はい、あの――」 「出てきなさいよ」  声で朝井だと分かった。  急いでスマホとICレコーダーを作業着の内側に入れる。外へ出ると突然、髪をつかまれた。  驚いて身を引くと頭に違和感があり、気がつくとウイッグが外れていた。咄嗟のことに茫然とする。 「やっぱり、おかしいと思ったのよ。あんた男ね?」  首に巻いているスカーフも取られる。近い位置で朝井から睨まれた。 「何、企んでるの?」 「た、企むって、そんな――」 「出しなさいよ」 「え?」 「ポケットの中の物を出しなさい」 「ハンドタオルしか入ってませんけど」 「早く出して」  陽向はハンドタオルとポケットティッシュを出した。 「こ、これです」 「ふざけないで!」  胸倉をつかまれる。そのまま体を揺らされた。  抵抗しようと身を引いた瞬間、作業着の隙間からスマホが落ちた。あっと思う間もなく取り上げられる。そのまま壁付きの洗面台へ投げられて水を掛けられた。  陽向のスマホはフル防水仕様ではなかった。  ショックを受けていると朝井が笑った。 「その顔……やっぱりね。このスマホでなんかしてたんでしょ?」 「し、知らないです」 「そう? だったらどうして怒らないの?」 「もういいです。返して下さい」  陽向は朝井から濡れたスマホを奪い返すと、トイレを飛び出した。  ――くそ……。でも、よかった。ICレコーダーは無事だ。  水没したスマホのデータをサルベージできるかどうかは分からなかったが、陽向はロッカールームへ向かった。作業着から普段着に着替える。今日は普通のパンツスタイルでユニセックスな服装だったためこのまま出ることに決めた。鏡を見ながらメイクを落として、スマホとICレコーダーとウイッグをジュラルミンの鞄の中へ入れた。もうここへは戻ってこない。作業着はロッカーの中に畳んで仕舞った。  早く周防にデータを渡したかった。  落ち着くまでロッカールームに身を潜め、約束の時間になったところで外へ出た。  ビルのエントランスを潜るとすぐに周防を見つけた。周防は心配そうな顔でこちらをうかがっていた。  ――ああ、もうなんか泣きそうだ……。  全部、上手くいくはずだったのにしくじった。やっぱり俺はくそ虫だ。  役立たずのアソシエイトだ。  ――周防の役に立てなかった……。  泣きそうになって舌の先を噛んだ。ふがいない自分が心底嫌になる。  明確な犯罪ではない分、証拠がなければ相手を抑えられない。どんよりした顔で近づくとよしよしと頭を撫でられた。 「なんて顔をしてるんだ」 「……ちょっと失敗してしまいました」 「ん?」 「ICレコーダーは無事で、ちゃんとあるんですけど、スマホを水没させられて……結局、盗聴していたことも、潜入していたこともバレてしまいました」 「大丈夫だ」 「え?」 「心配しなくていい。全て上手くいく」 「ですが――」 「EKに戻ろう。話したいことがある」 「はい」  周防と目が合わせられない。  久しぶりに昼間に会えて嬉しいのに、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。

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