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【10】ズレた分だけキミがスキ……➆

「どうした? 腕が痛むのか?」 「うっ……」 「痛いんだな。可哀相に。病院へ行くか?」  陽向は首を左右に振った。 「泣かないでくれ。……ああ、可哀相に。どうしたらいいんだ」  自分でもよく分からない。気がついたら号泣していた。 「いつも元気なピヨたんが……泣いている……毛もボサボサで艶がない……」  盗聴に失敗して、その上、自分の不注意で鞄を盗まれた。けれど、周防が取り返してくれた。全部、何もかも、周防が助けてくれた。盗聴の証拠が必要で動いてくれたんじゃない。陽向の鞄を、陽向の想いを大切にするために、危険を冒してまで取り返してくれた。仕事のためじゃない。陽向のためだ。  優しい。周防の優しさが嬉しかった。  ――こんなの……期待してしまう。  周防からアソシエイトとして、あるいは恐怖症を治すために求められているのではなく、もっと違う意味で必要とされているんじゃないかと。  期待? なんで期待なんかするんだ。  おかしいだろ。もうやめるんだ。  全部やめろ。やめろやめろ。なんてみっともないんだ。  胸が苦しい。本当に訳が分からない。  耳の奥でわんわんと変な音が反響している。 「痛いのか? 可哀相に。よしよし」  周防が頭を撫でながらハンカチで何度も頬を拭ってくれる。腕も外傷がないか調べてくれた。 「折れたりはしてなさそうだ。大丈夫だ」 「俺もう……分からなくて……」 「入中?」 「頭の中も……心の中も……ぐちゃぐちゃで、分からなくて。何をしたいのかも、何ができるのかも分からなくて……おかしいんです」 「おかしい?」 「ずっと、おかしくて」  嗚咽が止まらない。 「もうずっとおかしいんです。あなたに出会ってから」 「入中……」 「あなたに認められたくて、必要とされたくて、役に立ちたくて……でも、立てなくて、そんな自分が嫌で情けなくて……でも、周防さんには笑顔でいてほしいし、ずっと一緒にいたい。女装でもなんでもいいから、あなたと抱き合いたいし……病気は治ってほしいけど、俺のこと捨てないでほしい。できれば、本当の俺を見てほしいけど……」  言葉が流れるように出た。自分が今まで何を我慢していたか、それにようやく気づいた。  もう止まらない。胸につかえていたものが外へ出る。そんな陽向の様子を見て、周防がハッと息を呑んだ。 「最初はちゃんと治そうって思ってました。周防さんが苦しんでいたのは分かったし、助けてあげたいと思ったんです。でも、だんだん治るのが嫌になって……怖くなって……」 「入中……」 「だって、治ったらもう俺と抱き合わなくなるじゃないですか。俺が必要なくなる。一緒にいる意味がなくなる。それが嫌で……。自分でもよく分からないけど、最初は安心していた気持ちが徐々にドキドキに変化して、抱き合いたい気持ちとそうでない気持ちが半々になって……。俺おかしいのかなって。どうかしちゃったのかなって。この前のキスも俺にとっては意味のあるキスで。でも、あなたにとっては確認の……終わりのキスで……」 「終わりのキスってどういうことだ?」 「周防さんはぶつぶつにならなかったと言いました。未来が見えたとも。だから、あれは治療終了の宣言だと思いました」 「なんでそうなる?」 「違うんですか?」 「違う」 「そうは思えない。ずっと冷静だったし……」 「怒ってるのか?」 「分かりません……多分、違うと思います」 「入中」 「とにかく、苦しいんです……ずっと苦しくて――」  周防は困惑していた。驚いているようにも見えた。  何から説明すればいいのか分からないといった様子で口に手を当てて、軽く俯いた。陽向に分からせるためには何をすればいいのか、迷っているようにも見えた。  変だ。お互い変だった。 「ああ……」  周防がすいと息を吸い、じっくりと吐いた。陽向はその様子をただ眺めていた。 「ピヨたんが……」 「あのピヨたんが、とうとう俺に懐いたのか……」  周防が天を仰いだ。信じられないといった様子で両手を額の上に置いて呟いた。  懐いた懐いたと繰り返している。  どうしたのだろう。周防が激しく混乱している。初めて見る姿に陽向は目を瞠った。痛む胸を押さえながら周防の奇行を見つめる。  もう、おかしい。本当におかしい。知っている周防じゃないし、知っている自分じゃない。二人とも変だ。

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