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【10】ズレた分だけキミがスキ……⑧
「ピヨたん」
「お、俺はピヨたんじゃないです。それも嫌だ」
「すまない。けれど、これは愛称なんだ」
「それでも嫌です。俺のことはちゃんと名前で呼んで下さい。あなたには名前で呼ばれたい」
「どうしてそう思う?」
「どうしてって……俺のこと認めてほしいから……」
「ああ……これは愛の告白だ」
「え?」
「転移じゃなくて本物の愛だ」
――本物の愛?
どういうことだろう。手を下ろした周防が、ゆっくりとこちらを見た。
「これを愛だと、愛の告白だと、そう受け取っていいか?」
「あの――」
「ピヨたんが俺を本気で好きになった。そう受け取っていいんだな?」
「ちょっと待って下さい。俺は――」
周防にぐいと迫られて、目の奥がカッと熱くなった。
「嬉しい。幸せだ。本当に夢のようだ。こんなに心が満たされることは今までなかった。俺は今、感動している。最高に幸せだ」
違うと言いそうになって、この想いが〝愛〟以外の何ものでもないと気づく。
好きなのは分かっていた。けれど、その感情がこれほどまでに深くなっていたとは思ってもみなかった。
でも、やっぱり、間違いなくそうだったんだ――。
これまで喉元にあった苦しさが心の底にストンと落ちた。
急激に視界が晴れて、猛スピードでこれまでの景色が通り過ぎる。どれも愛おしく大切な思い出ばかりだった。
周防に認められたいと思ったのも、周防を助けたいと思ったのも、周防のことが好きだったからだ。治療が終わることに恐怖を覚えたり、女装するのが嫌になったり、周防のキスにショックを受けたのも、全部そのせいだった……。
本当に好きだったから――。
あのデートでドキドキしたのも、電話を切るのが切なかったのも、皆そのせいだ。
ずっと答えを探していた。この気持ちの、本当の答えはなんなのだろうと。
尊敬か憧憬か、恋か愛か、幻想か勘違いか――。
衝動の答えは知っていても、その正体までは辿り着けなかった。心のどこかで否定していた。お互い男で上司と部下で、治療の中で生まれた感情で、何もかも初めての経験だったからだ。
けれど、これは本物だ。それが、ようやく分かった。
優しくて、温かくて、甘い感情。
――ああ……。
手に入れてしまったのだろうか。
本物の恋を。
お互いを思いやれるような、そんな恋愛を。
けれど、まだ信じられない。自分の気持ちも周防の本心も。
未来も何もかも。
「入中は俺の役に立ちたいのか?」
「はい」
「俺に認められたいのか?」
「はい」
「俺を幸せにしたい?」
「そうです」
「相手を喜ばせたら手に入る幸福感。それをどう呼ぶか」
「バリューですか?」
「違う、それは愛だ。見返りを必要としない本物の愛だ」
「ああ……」
この人は本当は何もかも知ってて……。
言われて少しだけ頭に来た。
けれど、すぐに理由が分かった。それは自覚しなければ始まらない種類の感情だと気づいたからだ。
陽向は、今、気づいた。いや、違う。ずっと好きだったけれど、ようやく気づくことができた。ここにはちゃんと愛があった。そして周防も自分と同じ気持ちでいたのが分かった。
すれ違っていた心が、初めて向き合い、一つに繋がる。
――ああ、もう……好きだ。
顔を上げると温かい視線が降り注いできた。あまりにも優しい目で、陽向は言葉に詰まってしまった。
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