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【10】ズレた分だけキミがスキ……⑨
「入中は言ったな。出会ってからずっとおかしいんだと。それは俺も同じだ。あの日、ピヨたんになって踊った入中を見て、俺の全身は雷に打たれた。風が吹いて、周囲が明るくなり、世界が一瞬で変わったんだ。一目惚れだった。けれど、どうか勘違いしないでくれ。確かに俺は着ぐるみやぬいぐるみといった可愛いものが好きだ。子どもの頃からそういうものを愛でて生きてきた。けれど、俺はピヨたんの入中を好きになったんじゃない、入中のピヨたんを好きになったんだ。心の底から入中を愛している」
「…………」
「あの治療の中で、俺はずっと入中の心が欲しかった。俺が抱き締めているのは体じゃなくて、心だといいと……そう思っていた」
体じゃなくて心。そうかもしれない。だからあんなにも心が動いた。ときめいてドキドキして、周防の本質に触れたくなった。
「もう治療は必要ない。入中を一生、大事にする。宝物みたいに愛する。入中は、世界でただ一人、俺が愛せる人間なんだ」
「周防さん……」
「前にも言ったな? 人生でたった一度でいいから、好きだとそう思える相手と恋をしたかったと。悩んだり苦しんだりしても構わないから、自分の気持ちに正直になりたかったと」
「…………」
「己に嘘をつかないで誰かを好きになる。心の底から本気で誰かを愛する。それが俺の、本当の……人生の望みだった」
周防の目が陽向を捕まえる。
「好きだ、入中。俺の恋人になってくれ」
男の言葉は陽向の胸に真っすぐ届いた。陽向はその言葉を宝物のように受け取った。
「あなたの望みを叶えられるのは俺だけなんですね」
「そうだ」
嬉しい。それが本当に嬉しかった。
こんな告白をされて逃げたりなんかしたら、一生、後悔する。己の気持ちに嘘をついたら、自分を許せなくなる。これまでもらった光の粒を一瞬で消してしまう。
俺も伝えないと……。
不器用でもみっともなくても、気持ちを伝えたかった。
真正面から想いを伝えてくれた周防と同じように、自分も伝えたかった。
「俺、好きです」
「入中?」
「ずっと好きでした。どうか俺を、あなたの恋人にして下さい」
言えたと思った瞬間、涙が込み上げた。
――ああ、やっぱり俺、こんなに好きだったんだ。
本当は言いたかった。ずっと伝えたかった。心の底で生まれた言葉をちゃんと認めて口にしたかった。
――よかった。ちゃんと言えた。
言えてよかったと思い、また涙が溢れる。
陽向が男らしく手の甲で涙を拭おうとすると、周防がハンカチで拭ってくれた。それはとても自然で優しい仕草だった。
「……もう優しくしないで下さい。俺、アホみたいに泣くから」
「構わない」
「それ以上、優しくされたら鼻垂らして泣きます」
「もう垂れてるが」
「これは違います」
やっぱり自分はくそ虫だと思う。こんな時まで泣き虫のくそ虫だ。
「泣いてもいい。いや、ピヨたんらしく鳴いてもいいぞ」
「だから――」
「世話をしたり、面倒を見たりするのは俺の性癖なんだ。どうか引かないでくれ。これからもピヨたんの世話をしたい」
「……やっぱり、あなたは少し変わってる」
「そうかもしれないな」
周防を見上げると、急に景色が変わった。その変化に息を呑む。二人の間に光が差した気がした。大げさではなく陽向は感動していた。
周防が初めて笑顔を見せたのだ。
男の笑顔に時間が止まる。それはハッとするほど魅力的な笑顔だった。
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