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【11】Long kiss ××× Sleep tight……①

 人を好きだと認識すると当たり前のことができなくなる。  陽向はそれを知った。  今まで普通にしていたことができない。  周防と並んで歩くのも、目を合わせるのも、普通に話すのも、恥ずかしくてできない。声を聞いているだけでドキドキする。EKに戻らなければいけないのに、体が上手く動かなかった。 「そういえば……ピ……入中は、私服なんだな……」 「あ……はい。し、私服……です」  なんなんだ、この会話。  棒読みすぎるだろ。気まずいにもほどがある。  陽向もおかしかったが、周防も充分おかしかった。  これまでの普通が分からない。周防がいる右側が熱かった。 「あの、EKに戻って話があると……」 「それは後にしよう。今日はもう仕事ができない。この状態では無理だ」 「そ、そうですね」  コンサルには明確な勤務時間はなく、裁量労働制なのでバリューさえ出せれば、後は公園のベンチで寝ていても構わない。周防の報告は気になるが、陽向も、もうまともに仕事ができそうになかった。 「俺の部屋でいいか?」 「え?」 「変な意味ではなくて、この後、行くところだ」 「……それもちょっと」 「変か?」 「はい……」  なんだろう。話せば話すほどおかしくなる。 「ああ、そうだ。ICレコーダーの記録を保存して報告書を書こう。そのために一度、部屋に戻ろう。バックアップは必要だからな」 「……分かりました」  ぎこちない会話が続く。正直、部屋までどうやって帰ったのか分からなかった。  マンションに着くと周防が紅茶を淹れてくれた。トレイに載せてリビングまで運んでくれる。 周防はそれをテーブルの上に置くと、ソファーに座っている陽向の隣に腰を下ろした。近い位置でじっと見つめられる。恥ずかしくなった陽向はすっと目を逸らした。 「怪我は大丈夫か?」 「は、はい。もう痛くもなんともありません。むしろ何も感じないというか……平気です」 「そうか」  わずかな沈黙が二人の緊張を煽る。陽向の全身が男を意識していた。 「どうしようもないな……」  周防は自分に言うように小さく洩らした。 「俺もです」 「だな。だが、ずっとこうしているわけにもいかない。お互いに慣れる必要がある」 「はい……」 「入中」  名前を呼ばれてドキリとする。 「本当の恋人としてキスしてもいいか?」 「うっ……」  心臓が止まる。  考えてみれば治療でないキスをするのはこれが初めてだ。いや、キスだけじゃない。全てのことが初めてなのだと気づいた。視線を交わすのも、抱き合うのも、キスするのも全部、初めてだ。二人でする行為の全てが治療ではなく、好意を抱いて、愛を持ってすることに切り替わる。それが恋人になるということだ。 「好きだ、入中」  ストレートな言葉に胸がキュンとする。大人の恋人っぽい感じで言われて、自分が知っている周防との落差に弾けそうになる。何してるんだ俺、と突っ込む暇もなく、嬉しくて体がふわりと軽くなった。焦らずに、二人らしくゆっくりいこうと言われて、陽向は頷いた。  恋愛っていいな、恋人って凄いなと、早くも涙ぐみそうになる。情緒がおかしいのは分かっていたがたまらなく幸せだった。周防のことが本当に好きだと思った。

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