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【11】Long kiss ××× Sleep tight……⑤

 二十二時。仕事を終えていつものように連絡すると、ハイランドに出向いていた周防が戻ってきた。  誘われるままに周防のマンションに向かう。部屋に入ると周防が陽向のスーツを脱がせてくれた。ジャケットにブラシを掛け終えると、そのまま清潔なパジャマに着替えさせてくれる。アヒルがプリントされたお揃いのパジャマだ。シンプルなスウェットの部屋着もあったが、周防はこれがお気に入りのようだ。時間が遅いため、先に陽向を寝かしつけようとしているらしい。 「おいで」 「え?」  寝室に入ると周防の声が急に甘くなった。 「抱っこの時間だ」 「だっこのじかん……」  周防の溺愛っぷりに陽向は驚いていた。まだこのノリに慣れそうにない。  恋愛ってこんなだったかなと思い、そもそも本気の恋愛をした経験がなく、これまで同性や職場の上司と付き合ったことはないんだと気づく。  なんかもう、自分がどうにかなってしまいそうで……怖い。  周防のことが好きで好きでたまらない。  恋人という定義もよく分からないまま、周防の存在が自分の人生にじわじわと食い込んでくる。恋愛の甘い波にのまれそうになる。この幸せを手放しに享受していいのだろうか?  周防は今まで以上に陽向を溺愛し、運命の相手に出会ったとばかりに毎日抱っことキスを繰り返してくる。仕事では抑えているが、プライベートでは、いつもくっついていたい、世話をしたいと溺愛が止まらず、日常のあれこれはもちろん歯磨きや毛繕い(ブラシ)まで手伝われる始末だ。  お母さんみが強いのは知っていたが、こんなにも愛情過多な男だっただろうか。日々、増していく愛情に幸せを感じながら、どこか怖さも感じている。  ――幸せすぎるのかもな……。  何事も度を超えるのはよくない。  自制しつつ、陽向自身も何かが溢れ出そうになる。意味もなく好きだと叫びたくなる。  気がつくと周防のことを考えている自分がいた。甘えたくて仕方がない。抱きついて周防の匂いを嗅いで、無意識のうちによしよししてくれと頭を差し出しそうになる。 「どうした? ほら、おいで」  周防が両手を伸ばしてくる。陽向はそれに応えて、ベッドに腰掛けている周防の膝の上にちょこんと乗った。首の後ろに手を回して目を合わせる。周防の柔らかい視線に胸が騒いだ。 「可愛いな……」 「周防さんも……凄くカッコいいです」  顔を近づけられて鼻先でキスされる。高い鼻先でスリスリされると大型犬に甘えられているようで心地がいい。周防の愛情表現はどれも素直で優しくて、凄く可愛いと思う。カッコいいのに可愛い。胸がキュンとなる。 「ああ……毎日、楽しいな。寝ても覚めても幸せだ。朝起きた途端にハッピーだ」 「俺もです」 「朝の満員電車も苦にならなくなった。ピヨたんがいてくれたら、どんな場所でもそこが天国になる」  ここ二、三日、二人は同じ電車で通勤していた。周防は、陽向が誰かに足を踏まれたりしないように脚ごと両側から革靴で挟んでくれて、陽向の体を長い腕で守るように包み込んでくれた。陽向は胸に鞄を二つ抱え、周防に抱かれながら棒立ちの状態で東京駅までガタゴト向かった。 「俺の腕の中でピヨたんの心臓がトクトクしていて可愛いんだ。駅に着く頃には顔が真っ赤だ。その変化を眺めているだけで癒される」 「それは……周防さんが」 「ぎゅうぎゅうになると小さい声で『ふみゅ』と鳴いたりして、たまらなく可愛いんだ」 「鳴いてないです。ただの呻き声です」  陽向は背が低いため、満員電車はあまり得意ではない。すぐに息苦しくなって喘いでしまう。  ガード力のある〝周防シェルター〟は確かにありがたいが、陽向は別の意味で困っていた。スーツ姿の周防は凄くカッコいい。見ているだけでもドキドキするのに、いい匂いがする体に長く密着しているとつい興奮してしまう。周防がいてもいなくても、どっちにしろ喘いでしまう運命なのだ。  そんな地獄の満員電車も、周防の頭の中では完全に二人だけの世界で、他の誰も見えてはいないようだった。

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