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【13】求める体……③
二人は無事、ナレッジグループの赤羽とハイランドレディである朝井の癒着を押さえた。
この情報は使える。
周防の考えていることは大体、分かった。
都内にあるナレッジグループのホテルは現在、独り勝ちの状態だ。常に稼働率が九割を越え、ほぼ百パーセントの宿泊率を誇る。観光などの特需があるとはいえ、業界の通例を考えれば異常な数字だ。
それには訳があった。ナレッジグループのホテルの近隣には、類似するホテルがほとんどない。複合ビルや使える土地があるにもかかわらず、ホテルがあまり建設されない。建設されてもすぐに潰れてしまう。ハイランドの呪いと同じような風評をナレッジグループが巧妙に流しているからだ。幽霊の出るホテルに泊まりたいと思う客はいないだろう。
この事実を公表すれば、ナレッジグループの評判は地に落ち、株価も下がる。親会社であるブリス・リゾートが支えきれなくなったらどうなるか……。
――周防は、EKが誘致を決めた外資系のホテルにナレッジグループを買収させようとしているのではないか。
もしそれを決められたら、最も美しい復讐の仕方、彼らにとっては一番重い贖罪になる。朝井の仕事も立場も、当然なくなる。
風説の流布で有価証券の価格を変動させるのは処罰の対象になるが、そんな微罪で上げるよりも買収を行った方が利益率が高い。結果、皆が幸せになる。
陽向は周防の目的を遂げさせる手伝いをしたかった。
――力になりたい。
やるぞやるぞと己を鼓舞する。周防の計画は必ず成功する気がした。
街路樹に午後の日差しが当たっていた。
陽向が自動販売機に飲み物を買いに行った周防の背中をじっと眺めていると、突然、知らない男から声を掛けられた。
「周防か……あれ、日菜子ちゃんの弟だよね?」
「え?」
「顔、そっくりだもん。間違える訳がない」
その男は人懐っこい顔で笑っている。周防と同じ、三十代前半くらいだろうか? 仕立てのいいスーツを身に纏った隙のないビジネスマンに見えた。
「あれ、俺のこと覚えてない? 何度か会ったことあるよね」
「…………」
「でも日菜子ちゃん……大変だったよね」
しみじみとした声で言われる。
「まだ二十四歳だったのにね……可哀相に。周防もあの頃は落ち込んじゃって」
「あ、あの――」
「日菜子ちゃんとは幾つ違いなんだっけ? 君も大変だったでしょ?」
「あの日菜子ちゃんって?」
「やだなあ、何言ってるの。周防の婚約者、君のお姉さんでしょ? 君はあの後、カナダに留学したんだっけ?」
周防の婚約者――。
初めて聞く言葉に自分の喉がゴクリと音を立てた。
回らない頭でなんとか機転を利かせる。
「あの頃、あなたは何を? 色々あったので覚えてなくて……なんか記憶が曖昧ですみません」
「そっか。そうだよね。気づかなくてごめん。俺は今と変わらずリーマンやってて、あ、でも会社は二回ぐらい変わったけどね。家族じゃない俺でも相当ショックだったから、君も本当に大変だったよね? 俺たちっていうか、俺と日菜子ちゃんと周防は保育園の頃からの幼なじみだったんだ。歳は二つ違ったけど、君んとこの家族と周防の家族は、ほとんど親戚みたいなもんでしょ? 俺ともずっと家族みたいに育ってきたから、彼女が病気で亡くなったのは本当にショックだった。……もう四年前か。暑い夏で……本当に青空が綺麗な日だったよね。残酷なくらい青くて、透き通っていて、綺麗だった――」
残酷なくらい綺麗な青――。
俺はそんな色を知らない。
周防の過去を何も知らない。本当に知らない。
そんな当たり前のことに今、気づいた。
「君もコンサルタントなの?」
「ああ、えっと、まだ見習いみたいなものですけど」
「なるほどね。で、周防に可愛がられてるんだ。はは」
振り返った周防がペットボトルを手にこちらへ戻ってくる。
男を見つけると「おお、久しぶりだな」と声を掛けた。
陽向の知らない話を始める。周防は打ち解けた様子で凄く楽しそうに見えた。やっぱり、周防の親友……なのだろうか。知らない周防と、その過去を匂わせるような存在に陽向の口の中は苦くなった。
――苦しい。嫌だ。
知らない周防の姿を見るのが嫌だ。
自分の中にある子どもみたいな感情に驚く。けれど、心ははっきりとこんなのは嫌だと伝えていた。
嫌だ。嫌だ。
周防に婚約者がいたなんて……本当に嫌だ。
女で、若くて、多分、美人だ。
そして――
俺に似ている。
顔も名前も……似ている。
その事実が陽向の心を打ちのめした。
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