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【14】ある日、アヒルの日……②
陽向は自分なりに悩みを消化しながら一人の時間を過ごしていた。
ようやく訪れた週末の夜、陽向は周防のために料理を作ろうと一念発起した。周防のマンションの広いキッチンで、キーマカレーを作るために、生まれて初めて玉葱のみじん切りに挑戦した。
「あああ、あ、ああ、ああっ――!」
「周防さん、あ、が多いです」
「と、とにかく危なっかしくて見てられない。もうやめてくれ。これはなんの罰ゲームだ」
「ただのみじん切りです」
「俺の可愛いピヨたんが怪我をしたらどうするんだ! もういい、やめてくれ。俺がする」
「でも、やらないと上手になりませんし……」
「と、とにかく、左手はきちんと〝にゃんこの手〟にするんだ。分かるか? にゃんこの手だ。こうで……こうだ」
後ろから手を取られて、指先を二段階に曲げられ、きちんと猫の手にされた。簡単なようで意外と難しい。その指の背に包丁の側面が当たるように促される。
「こうですか?」
「そうだ」
何度やっても上手く決まらず、まな板の上でくねくねしていると、それを見た周防が悶絶し始めた。
「なんだこれ、可愛い。もう手を出せない……」
「え?」
「ふにしているのが可愛すぎる」
ふにふに?
とにかく頑張って玉葱をみじん切る。すぐに涙が出て、ついでに鼻も出た。
「う、目が……目が痛い……涙が……」
「ああもう、忙しいな」
周防がティッシュをリビングへ取りにいき、慌てた様子で戻ってくる。「ちーんしろ」と言われた。
ちーん?
「鼻ちーんだ。ほら」
陽向は両手がふさがっていて鼻がかめない。だから周防が代わりに鼻を押さえてくれた。
「もうちょっと力を入れて。そう、左もだ」
こんな時も周防は優しい。心がほっこりする。
ちーんの声がお母さんみたいだったが、とにかく鼻はかめた。
「どうだ?」
「……も、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「ああ、入中が料理すると逆に忙しいな。危なっかしくて見てられないし、鼻も拭いてやらなきゃいけない。涙も拭わないといけないし、とにかく大変だ」
周防は冷静な顔であたふたしていた。忙しなく動いていてなんだか可愛い。
「全部、玉葱のせいです」
「なんで急に料理を?」
「周防さんに食べてほしかったからです」
「うっ、健気な愛が胸にくる……」
もちろん理由はそうだが、ほんの少しでもいいから家庭的なところを見せたくなった。色んなことに挑戦してみたかった。本音を言えば周防のために何かせずにはいられなかった。カレーくらいならと甘く見てやってみたら、やっぱり難しく、わりと最初の方で躓いたんだなと反省する。
「よし。俺が手伝おう」
周防はそう言うと、隣にまな板を置いて包丁を持ち、猛スピードでみじん切りを始めた。驚くほど手際がいい。タタタタタとリズミカルな音がして、その姿がカートゥーンアニメのようだった。あっという間に玉葱やニンジンやピーマンが等間隔でみじん切られていく。結局、手順のほとんどを周防がやってくれた。
料理が全て完成し、向かい合ってダイニングテーブルに座る。カレーとスープを置いて手を合わせた。
「いただきます」
二人の弾んだ声が揃う。凄くいい匂いがしてお腹がぐぅと鳴った。
大きいスプーンで豪快に食べる。ひき肉はジューシーで野菜は油を吸っていて、スパイシーで香ばしかった。平たい金属の口当たりが心地よく、普通のスプーンで食べるよりもずっと美味しく感じた。そのままのノリで周防に訊いてみた。
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