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【14】ある日、アヒルの日……⑥
「アヒルは空を飛ばない。俺を置いていくことはない。俺がそのアヒルに誓ったことは、誰も恨まないこと、誰かに愛情を与えられる人間になることだった。俺はできる限りの努力を続けた。前だけを見て生きてきた。大人になった時、自分がやってきた努力は誰のためのものかと考えるようになった。その答えを見失いそうになった時、自分のためではなく、人を幸せにするためのものでないと意味がないと思った。だからこの仕事を選んだ」
「そう……だったんですね」
「俺は八歳でアヒルと出会って、そして三十歳でピヨたんに出会った。入中と出会って、恋に落ちて……今、愛おしい相手が目の前にいる。奇跡のようだが、最高に幸せだ」
「奇跡……」
「この繋がりに感謝している。辛く苦しかった思い出の点が繋がって線になり、入中まで辿り着いた。あの日の答えを見つけられた俺は、とても幸せだ。親にもアヒルにも、入中にも感謝している」
「感謝なんて、そんな……」
「そして、本当に入中が大好きだ」
「俺も好きです」
日々、幸せが層になって積み重なっていく。
そんな簡単なことに気づかせてくれたのは他ならぬ周防だ。
周防に出会えてよかったのは自分の方だと、心の底から思った。
――目の前に抱き締めたいと思える人がいる。それだけで信じられないくらい幸せだ。
本当に幸せだ。
「俺、その八万円のアヒルになります。なってみせます。いつも周防さんといて、周防さんを励まして見守るような、立派なアヒルになります」
「八万円って……ピヨたんにはもっと価値があるぞ」
「末広がりでなんだか出世しそうですね。俺も、そろそろコンサルタントになれるかな」
「それにはあと少し掛かりそうだが」
「うっ……」
「頑張れ」
「はい」
仕事の周防はいつも厳しい。陽向に対しても決して甘くはない。
それでも嬉しかった。周防が本音で話してくれたこと、過去の思い出したくないトラウマを隠さずに伝えてくれたこと、その二つが真っすぐ陽向の心に響いた。
――この人は、本当はもの凄い努力家だったんだ。
そんなふうには見えなかったが、周防は苦労知らずの選ばれしエリートではなかった。人知れず重ねた努力が周防の人格を形成していた。
――やっぱり、凄いな。
陽向は素直に感動を覚えた。
そんな過酷な現実にいても、周防は人に愛を与えることをやめなかった。義理の母親とその弟と妹にも深い愛情を注いでいた。〝母親〟に捨てられたからこそ、その存在を憎まず、母親のような愛情を持ち続けることを己の生きる信条とした。なんて凄いことなんだろう。簡単なことではない。そこにほんのちょっとできた歪みが女性恐怖症だったのだ。陽向の治療で治り、けれど、もう治す必要もなくなった。
陽向は周防のトラウマを最もいい形で昇華できたのだろうか。だとしたら凄く幸せだ。それは自分の誇りにもなる。
一匹のアヒルと取り残された日。
その辛いアヒルの日がようやく、美しく楽しいアヒルの日々になろうとしていた。もう苦しいアヒルの日を思い出さなくてもいい。
これからはずっとずっと幸せだ。
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