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【14】ある日、アヒルの日……⑧
「陽向、おいで」
甘い声で名前を呼ばれる。それだけで胸がキュンとなる。
その夜、陽向はパジャマ姿の周防にタタタと近づいて飛びついた。背伸びしながら周防の顎の下にキスする。
「うっ……心臓が……」
「周防さん?」
首の後ろに腕を回すと、そのままひょいと横抱きにされた。
「けしからん可愛さだ」
「周防さんもカッコいいです」
見つめあって今度は周防の腕の中でキスする。ぎゅうぎゅうと強く抱き締められて、ふみゅっと変な声が洩れた。
「ああ、小さくて可愛いな。幸せだ」
「俺も凄く幸せです」
下から周防の顔を見上げる。こんな位置から見ても男前なんだなと思う。長い睫毛は繊細でふさふさしていて、その数を数えたくなるほどだ。真っすぐな鼻梁もシャープな顎のラインも大好きだ。
抱っこのまま寝室に運ばれて、いつものように、ベッドに腰掛けた周防の膝にちょこんと乗せられた。
「ああ、温かいな」
「周防さんも温かいです」
大きな手で包み込むように頭を撫でられて、そっと頬ずりされる。
キスも嬉しいけれど、こんな甘い触れ合いも嬉しい。膝に乗って見つめあっているだけで胸が高鳴る。陽向も周防の耳や頬を確かめるように触った。どこも男らしくてカッコいい。喉仏に触れて、ふと思った。
「……あれ? じゃあ、周防さんって、俺とするまで――」
「皆まで言うな。それに頭の中では何度もしている。俺の脳内にあるVRシステムではありとあらゆることをしている。ピヨたんは毎日、俺に裏返されたり転がされたりしているぞ」
言い方が可愛くて体が溶けそうになる。口には出さないだけで自分も似たようなものだ。
「でも、周防さん、凄く上手です。キスも滅茶苦茶上手い」
「そうか?」
「そうです」
話しながら自然な感じで軽く上唇を吸われる。
周防の唇は柔らかくて気持ちがいい。ずっとキスしていたくなる。
「練習したんだ」
「練習?」
「子どもの頃にテレビで観たんだ。さくらんぼの枝の部分を口の中で結べたらキスが上手いのだと。だから俺は、クリームソーダを飲むたびに、さくらんぼの枝を口の中で結んできた。今なら三ターンぐらいで結べる。枝結びマスターだ」
「凄い……ですね」
どれほど凄いのか分からなかったが、背筋をピンと伸ばしながら真面目な顔でもぐもぐしている周防の顔を想像して笑いが込み上げた。まだ見ぬ恋人のために一生懸命もぐもぐしていたのかと思うと、可愛くてときめいてしまう。
「周防さんって、とにかく努力家なんですね」
「確かに、なんでも頑張る方ではあるが」
「俺もそういうタイプですけど、周防さんの場合、方向性が……」
「変か?」
「まあ、そうですよね」
話しながらまた唇が近づく。角度を変えて噛み合うように口づけられ、その甘さと柔らかさにじわりと体温が上がる。
「俺の全てはピヨたんのためにある。ピヨたんが嫌がることはしたくない」
「嫌じゃないです」
「本当のことを言うと、子作りはきちんとフィアンセになってからしようと思っていた」
「子作り? フィアンセ?」
「もし俺のこれがピヨたんに悪さをするなら、切り落としても構わないと、そう思っていた」
「怖い……」
それくらい好きだと言われて驚いた。
「陽向が心を許して、どこよりも自由に楽しく過ごせる世界を作りたい。なんの不安もない、愛に包まれた優しい世界を構築したいんだ。そこで遊ぶピヨたんをずっと眺めていたい。ダンスをしたり、歌を歌ったりして楽しく過ごしてほしい。俺はそんなピヨたんを愛して、世話をして、永遠に面倒を見たい。雨が降ったら傘を差したい。雷が鳴ったら大丈夫だよと囁いて抱き締めたい。……ああ、もう離れたくない。ずっと一緒にいたい。外に行く時は肩に乗せて、二十四時間くっついて過ごしたい」
「肩は無理です。文鳥じゃないんですから」
「そうか。残念だな」
家でも外でも、ずっといられたらいいのにと溜息まじりに言われる。
「でも、これからの人生はずっと一緒ですよ。仕事もプライベートも一緒です」
「そうだな」
「俺も周防さんの力になれるように毎日、頑張ります。周防さんをもっと幸せにしたい」
「もう、幸せすぎるくらい幸せだ」
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