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【15】これからも、ずっと……①
――半年後。
ホテル・プレオープン当日。
「わあ、凄いな……」
陽向は外資系ホテルグループ、エルミオン・リゾーツが入ったハイランドのビルを地上から見上げた。六月の青空が目に沁みる。ガラスに反射した太陽の光がビルをひときわ明るく輝かせていた。
「何階ですか、これ」
「知ってるだろ? 五十二階だ」
「凄いなあ」
陽向はとにかく感動していた。二人が出会ったあのプロジェクトの結果が今、ここにある。ここまで来るのは本当に大変だった。周防のプロジェクトにアサインされ、ハイランド・コーポレーションの社員になってヒアリングを行い、資料を作り、何度もやり直す中で異変に気づいて、ハイランドレディになった。その後、呪いの噂の正体を突き止め、癒着の現場を押さえて、その情報を公開することでこのホテルグループであるエルミオン・リゾーツの買収 を成功させた。
ハイランドタワーは国際的に評価されるホテル所有のビルになり、ナレッジグループのホテルの看板はエルミオン・リゾーツに変わった。
――嬉しい。
やったぞやったぞと小躍りする。
仕事ってちゃんとやったら、それだけの結果が出るんだ。
凄い凄い、と感動してしまう。
充分すぎるほどの見返りを目にして、陽向は呟いた。
おお、誰か見てくれ。このホテル。俺たちが営業して誘致して、買収までしたんだぜ。凄いだろう?
道行く人にそう言いたくなる。
――ばあちゃん、俺、やったよ。まだアソシエイトだけど必ずコンサルタントになるから、それまで見守っててね。これからも頑張るよ。
じーんと感動していると周防から声を掛けられた。
「中に入るぞ」
「はい」
今日はホテルの第一回目のプレオープン日で、EKのプロジェクトメンバーもそれぞれ招待されていた。
タワーの低層階にはバンケットルームや宴会施設があり、高層階にはフロントとロビー、レストランがあった。最上階にはフィットネスやスパが併設され、窓から東京の街全てが見渡せるらしい。昼間だとランニングマシンで走りながら富士山を眺められると聞いて一度、行ってみたいと思っていた。
「豪華だなあ……」
周防と泊まったあの雨の日のホテルも綺麗だったが、ここはそれに輪を掛けてラグジュアリーな雰囲気があった。引き算の美学だろうか。余計なものは一つも置いていないのに簡素に見えない。照明一つをとってもなぜそこにあるのか、きちんと意味のある配置がなされている。
エレベーターを降りてロビーのフロアに出る。縦長に高く設置された窓から外の景色が見えた。ロビーが空に浮いているようで本当に綺麗だ。青い空が透き通るように眩しい。
手続きを済ませて部屋に案内される。一度、ベッドになだれ込むとそれだけで終わりそうで怖いので、荷物を置いてすぐに外へ出た。とりあえず最上階のフィットネスに向かう。
「こんなホテルに無料で泊まれるなんて……やっぱり仕事頑張ってよかったな」
「ホテルの評価 は書かないといけないぞ。そのためのプレオープンだからな」
「もちろん、それくらいはやります」
エレベーターを出ると天空のジムが現れた。凄い。フロアがぐるりと三百六十度、青空だ。人がガラスの水槽の中でトレーニングしているように見える。
凄い凄いと感動していると、前から見知った顔が現れた。ハイランドの営業マン、菅生馬 だ。
「スガちゃん久しぶり」
「おお、陽向かー。凄い元気そうじゃん」
「元気、元気」
「ハイランドタワーがこんなになるなんてな。あの時は思いもしなかった。俺は感動したよ。陽向にも感謝してる。やっぱコンサルタントって凄いんだな」
「あはは。俺は何もしてないって」
「またまたー」
お互いを労って抱き合う。親密にぎゅうぎゅうしていると、凄い勢いで周防に引き離された。「君は?」と冷徹な声で表情筋ゼロの鉄仮面が尋ねている。周防のそんな表情を見るのもずいぶん久しぶりだなと思った。
――最初見た時、怖かったんだよな。
トム・フォードのスーツでバキバキに決めた、自分とは住む世界が違う、怜悧でクールな鉄仮面だと思っていた。石にされそうな細い目と一ミリも変わらない表情に心底恐怖を覚えた。それが今では一番好きな男の顔だ。周防の顔を見ているとなんだか落ち着く。あまり近くにありすぎるとドキドキするけれど……。
「スガちゃん、といったかな。もういいだろう。陽向から離れてくれ」
珍しく公共の場で名前を呼ばれる。
その理由にすぐに気づいた。菅が陽向とそう呼んだからだ。周防なりに対抗しているのだ。
「あー、すみません。じゃあまた後で」
何かを察した菅がその場を後にする。周防は後などないと叫んでいた。全く、大人げない。
「トレーニングするんですか?」
「もちろんだ。入中に好かれたいからな」
「もう充分、大好きですよ」
周防の顔を見てニコッと笑う。すると周防の耳がピクリと動いた。
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