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【15】これからも、ずっと……③

 部屋に戻ると、さっきと雰囲気が違っている気がした。  ふとベッドを覗くと周防のノートパソコンが置いてあり、その横に小さなメモ書きが見えた。『PCの電源をつけて』と書いてある。指示通り電源ボタンを押すとパスワードの入力画面が表示され、PIYOTANと入力してみるとパソコンが起動した。 「なんだろうな……」  画面の左上に『ピヨたんへ』と名前がつけられたフォルダがある。開くと動画が再生され、軽やかな音楽とともに映像(スライドショー)が流れ始めた。  不思議に思っていると、自分の寝顔が現れて驚いた。どうやら、これまで周防がこっそり撮り溜めていた写真集のようだ。色々な陽向の顔が映し出される。どれもカメラの方を向いていない、自然な表情の陽向ばかりだった。  いつ撮ったんだろう。  オフィスの中はもちろん、二人で行った場所や、何気ない日常を写した写真まである。  周防は一枚も写っていない。  それなのに、その時、周防がどんな顔をしていたか、どんな声で話していたか、全部思い出すことができる。陽向しか写っていないのに、その画像の中には確かに周防が写っていた。  ――そうか。シャッターボタンをタップした時の周防の想いがここにちゃんと写っているんだ。  周防の笑顔まで見えるようだった。とても愛おしい。  そして、写っていない人をこんなふうに思い出せるのは、自分の心の中にも周防が記録されているからだと気づいた。この写真と同じようにとても大切な思い出として。  ――嬉しいな……。  これだけたくさんの尊い時間を過ごしてきたのだと、改めて実感する。  光に満ちた世界がそこにあった。  陽向がヘアバンドで前髪を上げて顔を洗っているところや、残り少ない歯磨き粉に苦戦しているところ。オフィスの廊下での後ろ姿や、カフェテリアでパソコンを弄りながら一人でランチしているところ。電子ホワイトボードを眺めながら腕を組んで顎に手を当て、固まっている姿もあった。  唯一写り込んでいた、陽向の寝顔を撫でる周防の手に深い愛情を感じた。陽向がピスタチオの殻を並べて作った「スキ」という文字まで写真に残されていて驚いた。  映像が終わる頃、窓の外を見てとメッセージが流れた。  不審に思いながら、部屋のベランダに出てみる。  すると、ホテルの中庭に虹が出ていた。 「あ……」  よく見ると本物の虹ではなかった。  虹の絵が描いてある横断幕が風で棚引いている。中央に大きく字が見え、その横断幕の左右を周防と野村が持っていた。  陽向は体を突き出して揺れる横断幕の文字を読んだ。 〝――Will you marry me? 俺の家族になって下さい〟  その字を読んで、これが周防から陽向へのプロポーズなのだと理解した。  小さな周防と目が合う。  周防は手を振りながら笑っていた。  陽向が手を振り返そうとさらに身を乗り出すと、ふわふわと丸い粒が飛んできた。 「あ……」  涙の滲む目で見ると、無数のシャボン玉だと分かった。  下にいる人たちが陽向に向かってシャボン玉を吹いてくれている。それが光る粒になって陽向に迫ってきた。  ――ああ、なんて綺麗なんだろう。天国みたいだ。  嬉しい。たまらなく嬉しい。  小さく、儚く、すぐに壊れてしまいそうな泡の膜が、七色に光りながら空高く飛んでくる。重なったりぶつかったりしながら、太陽の光を浴びて生き物のように風に揺れていた。  そっと手を伸ばすと、陽向の指を器用にすり抜けて、さらに高く舞い上がる。  ああ、凄い。  世界が二人を祝福してくれているようだ。  胸がいっぱいで言葉にならない。  光の粒がモザイクのようになって、その青空が一枚の絵のように陽向の心に焼きついた。優しい祈りにも似た風景。自分の人生で同じ空は一つもないのだと知る。  けれど、この空は特別だ。 「周防さん……ありがと」  陽向は小さな声で呟いた。  ――本当にありがとう。  光り輝くシャボン玉の向こうで手を振る周防の姿を、そしてこの美しい光景を、陽向は一生忘れないと思った。

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