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【番外編】スケルトン・ラブ……③

 ジメジメした梅雨も終わり、陽射しに清潔な夏の匂いを感じる。  外に出ると心地のいい風が吹いていた。これから何かが始まるような高揚感を含んでいる。  周防といるせいかもしれないが夏が来るのが嬉しい。顔を上げると、指の先まで染まってしまいそうな美しい青空が広がっていた。  駅までの道のりを並んで歩く。お弁当とバドミントンのセットを周防が持ってくれた。公園まで車で行ってもよかったが、周防が電車がいいと言って譲らなかった。 「ホントに電車でいいんですか?」 「ああ」 (その方が手を繋げるし、近くにいられるからな)  訊いてないのに理由が聞こえてくる……。  ああ、なんかこれ便利だなと思いつつ、違うだろと自分に突っ込む。無駄に適応力の高い己を呪いたくなった。このパラレルワールドにあっさり馴染むんじゃないぞ、自分。 「公園、楽しみだな」 「そうですね」  何も知らない周防は本当に楽しそうだ。その顔を見てホッとする。  仕事が続くとオフィスに缶詰め状態になり、外の世界を忘れそうになる。空調の効いた空間は確かに快適だが、時間も季節も把握できない生活が続くと時々、自分が何をしているのか分からなくなる。  そんな状態を気遣ってか、周防は休みになるとこんなふうに陽向を外へ連れ出してくれる。太陽の光を浴びながら体を動かすのは本当に楽しい。今日は二人でボートやバドミントンができると思うと、それだけでテンションが上がった。 「まあ、上野の公園ならすぐですもんね」 「いや、今日は井の頭の方に行こう」 「え?」  ボートといえば不忍池かと思ったが、どうやら周防は井の頭公園に行きたいらしい。 「上野じゃ駄目なんですか?」 「カップルで不忍池のボートに乗ると別れるという噂があるからな」 「それって井の頭公園のボートもですよね?」 「それが、違うんだ。井の頭公園のスワンボートは全艇メスだが、一艇だけオスのスワンボートがいるんだ。キリっとした眉毛があるからすぐに分かる。それに乗ると、別れるどころか未来永劫、恋人同士でいられるそうだ」 「未来永劫……凄いな。知らなかった」 「いつか恋人ができたら乗りたいと思っていたんだ。ああ、楽しみだな」  そう言うと周防はわずかに目を細めた。  眉毛のあるオスのスワンボートか。どんな見た目なんだろう。想像できない。けれど、乗ってみたいと思った。  周防とずっと一緒にいられるのは嬉しい。今日も明日も二人でいたい。  ――別れたくない。 (別れたくない)  ――あ……。  心の声が揃った。  二人とも気持ちは同じなんだと思い、胸がいっぱいになる。オスのスワンボートに乗るのがさらに楽しみになった。

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