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【番外編】スケルトン・ラブ……④
JR中央線の吉祥寺駅で下車して、五分ほど歩くと公園の入口が見えた。これまで何度か花見の時季に来たことはあったが、シンプルに遊びに来たのは今回が初めてだ。
井の頭公園は日本で最初の郊外型公園として開園した歴史のある遊園施設だ。野球場やテニスコートはもちろん美術館や文化施設なども併設され、カップルや家族で訪れても一日遊べる広さがある。
「陽向、おいで」
「え?」
公園内にある小道に入ったところで周防が手を伸ばしてきた。ドキドキしながら指先を絡ませる。節が交差した瞬間、幸せな気持ちになった。恥ずかしいけれど、ずっとこうしていたい。
(ああ、ピヨたんの手だ。密度の濃いホイップクリームのようにふわふわして柔らかい。食べてしまいたくなる)
周防さんってわりと俺を食べたいんだなと思う。
ピヨたんの正体は貯蔵食料なのかと恐れつつ、独特な表現に愛おしさを覚えた。
小道を抜けて橋を渡り、公園の中腹まで進む。しばらくの間、二人で散歩を楽しんだ。
歩きながら周防の心の声をナチュラルに感じていた。周防は色々なものに感動し、感謝している。そんな姿を見て、陽向はますます周防のことが好きになった。
――凄いな……。
こんなにも感情豊かな人だったのだと改めて思う。
無表情のせいであまり気づかなかったが、緑の美しさや、風の匂い、光の眩しさにも一々驚いて、そのたびに感激していた。繊細な感性と独自の表現力がある。コンサルタントとして一つの課題に様々なアプローチができるのは、この知的好奇心と心の豊かさがあるからなのだろう。今まで知らなかった周防の姿を知ることができて、もやもや魔人の能力も悪くないなと思い始めていた。
広場に出たところでお互い半袖姿になった。陽向はTシャツにカーゴパンツ姿でバドミントンの準備を始める。ラケットを持って軽く振ってみた。うん、いい感じだ。同じように振っている周防にニッコリと微笑み返す。
(ピュアネス!)
(ああ、そんなに可愛い顔をしていると猛禽類にバッサリいかれるぞ。ピヨたんが他の猛禽にいかれないように俺が守らなければ!)
猛禽類?
猛禽にいかれるってどういうことだろう。
意味が分からない。
陽向はとりあえずサーブを決めようと手を高く上げてシャトルを打った。周防の方へヒューンと勢いよくシャトルが飛んでいく。
(ピヨたんサーブ! 眼福!)
周防が綺麗に打ち返してくれる。
シュパッと音をさせて陽向も打ち返す。何度かラリーが続いた。楽しい、凄く楽しい。自分でも驚くほど滑らかに体が動く。
幾度もやられそうになりながら、ギリギリのところで打ち返す。いいラリーが返ってきたところで飛び上がってスマッシュを決めた。周防の足元にシャトルが落ちる。
「やったー!」
陽向は勝利の雄叫びを上げた。
返せなかった周防が少しだけ悔しそうな顔を見せる。
陽向はぴょんぴょん跳ねて勝利を楽しんだ後、背筋をくいっと伸ばして得意げな顔をした。頬を膨らませて軽く口を尖らせてみせる。
(なんだそれは! ハゲる。毛根を刺激する可愛さだ!)
禿げる?
おお、頼むからこんなのでHAGEないでくれ!
周防のことを改めて尊敬したのに、ちょいちょい残念なイケメンのエッセンスを滲ませてくるのだけはやめてほしい。
「周防さん本気でやって下さいね」
「俺はいつだって本気だ」
「ホントですか?」
「本当だ」
(ああ、テンションの上がった陽向が可愛すぎる……)
今度は周防がサーブする。美しいフォームからシャトルがヒュンと飛んできた。
「来い、ピヨたん」
「俺も容赦しません!」
勢いをつけて打ち返す。
――ああ、楽しいな。
二人のラリーは長く続いた。
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