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頷くと、ズキンと頭が痛んだ。
「いで……っ」
「あ、おい……っ」
ゲホゲホと咳き込む。こらえきれずに胃の中のものを溢れさせた。
(ああ、嫌だな……)
こんな姿、人に見られたくない。
あっちへ行ってくれと、追い払うように手を振った。
けれど、男は立ち去るどころか、かがみこんで和希の背中をさすり始めた。
(ああ、ダメだ。さわらないで……)
逃げるように身を捩ると、男が言った。
「店、開けたままなんだよ。ずっとついててやるわけにいかないから、一緒に来てくんない?」
和希は首を横に振った。放っておいてくれという意味で。
しかし、何を思ったか、男はいきなり和希を抱え上げた。
「な、何を……っ」
「いや。歩けないなら、担いでってやろうかと思って」
お姫様抱っこで言われて、和希は思わず「歩ける」と答えた。
「じゃあ、肩を貸すから、頑張ろう」
長身をかがめ、腕の下に肩を入れて和希を支える。
「すぐそこだから。うちの店で少し休んでから、帰ればいいよ。な?」
「放って、おいて……」
「いや、頑張れよ。ほんとに、すぐそこだから」
和希は首を振る。放してくれ、と心で願う。
和希は他人にふれることが極端に苦手なのだ。はっきり言って怖い。
こんなに近くで人と接するのは初めてで、身体が硬く強張る。
「大丈夫か」
少し焦った様子で、男はゆっくり歩き始めた。
逆らう気力はなく、男の足に合わせて歩くしかなかった。
「頑張れ」
黙って足を動かす。
けれど、支えられて歩くうちに背中の汗が引いてゆき、呼吸も楽になってきた。
(あれ、なんで……?)
こんなに人と密着しているのに、思ったほど怖くない。
生まれて初めて人に殴られた恐怖が大きすぎて、人にふれる不安が麻痺しているのだろうか。
不思議なほど楽な気持ちで男の肩に身を預け、五分ほどで目的地にたどり着いた。
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