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【2】-1
商店街から一本入った裏通りに、細長い小さなビルがいくつか並んで建っている。その一つの前で男は立ち止まった。
煉瓦敷きの床と、古い木の扉。モルタルの壁に「営業中」と書いた黒い板が立てかけてあり、扉に埋め込まれた真鍮板には「BAR 縁 」という文字が刻んであった。
「バー……?」
「うん。俺の店」
ビル全体が古く、やや寂れた風情だ。
けれど、木製の扉を開けると、中は狭いながらも渋く整えられた落ち着いた空間になっていた。
「あ。慎一 、おかえり」
「勝手にビールもらったけど、ちゃんとツケてあるからな」
数人の客が慣れた様子で酒を飲んでいた。慎一というのが男の名前のようだった。
奥のボックス席に向かった慎一が、背中を向けて飲んでいた男に煙草の入ったコンビニの袋を差し出した。
「堀 さん、これ」
くたびれたスーツを着た四十歳くらいの男が振り向く。眼光の鋭さに、和希は思わず身を引いた。
「大丈夫だよ」
慎一が小声で囁く。
「堀さんは、生活安全課の刑事さんなんだ」
喧嘩の怪我を見慣れているから、みてもらってやばそうだったら救急車を呼ぶと慎一は言った。
「そこまでひどくは……」
「とりあえず、見てもらいな。あ、俺は沢村 慎一です」
突然ですます調で自己紹介され、つられて和希も名乗っていた。
「ひ、日比野、和希です」
「どれ」
堀の手が伸びてきて、和希は咄嗟に払いのけてしまった。
「す、すみません」
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