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【7】-1

 慎一の店は和希の家と同じ方向にあるから、もしかしたら、今までにもどこかですれ違ったことがあるかもしれない。  そんなことを考えながら、翌日はまっすぐ家に帰った。  ほんの一、二時間の違いなのに、夜が長く感じた。  空になった弁当の容器を片付けてしまうと、やることがなくなった。 本を手に取ったものの、あまり読む気がしなかった。  LINEの通知はニュースだけ。  ほかのSNSも情報収集用。職場の同僚や学生時代の友人たちの「今」の一部を垣間見て、わずかなつながりを感じて安心する。  その安心が、なんだか今日は頼りないものに思えた。そうやって確かめていなければ、どこにもつながっていられなくなるような。  先週までも同じ夜を過ごしてきたはずなのに、何かが足りない気がして、気持ちがそわそわと落ち着かなかった。  翌日は、また慎一の店に足を向けた。  バーニャカウダと鶏ささみの磯部巻き、ペペロンチーノを注文して食事を済ませながら、家で食べてもどうせ一人なのだから、毎日ここで食べてもいいのではないかと考える。  食事の後で淡いブルーのカクテルを飲んで、この日も店を後にした。  そうして結局、その週のうち四日も慎一の店に通ってしまった。常連客とも顔なじみになり、話をすることも増えていった。  バーテンダーが無口になるのは、注文を受けたカクテルを頭の中にあるレシピで作るからだと聞いたことがある。  記憶力のほかに、正確さと繊細さも求められるから、あまり会話をする余裕がないのだと。  和希の相手をしながら、慎一は常に手を動かしていた。  カウンターに和希しかいない時なら、それでもいい。  けれど、新規の客が来るとカクテルを注文することが多かったから、そんな時、和希はなるべく席を立って帰るようにしていた。 「和ちゃん、いつもメシ食うだけで帰っちまんだな」  ある日、岩田が言った。

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