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【8】-1

 土曜日の昼過ぎ、ビルの屋上に出て、古いベンチの上で空を眺めた。眼鏡は意味がないので置いてきた。  そのせいか空が広かった。  一階の店舗の裏手に猫の額のような空き地があり、そこから二階の玄関に上がる鉄の階段が伸びていて、玄関を入るとリビングダイニング、トイレなどの水回りがあった。   廊下の隅の階段を上がると以前泊まった部屋。廊下の反対側にもドアが一つあった。さらに階段を上がると、屋上だ。  ベランダはなく、屋上にはたった今慎一が干した洗濯物が風にパタパタとはためいていた。 「みるく、そんなとこ歩くと危ないぞ」  外が恋しいのか、子猫は鉄製の細い手すりに登って下を覗いている。  なかなか手すりから降りない小さな猫を慎一が抱き上げて、コンクリートの床に下ろした。  名前は「みるく」になった。  最初、慎一が「白いからシロではどうか」と言い、和希が「犬っぽい」と反対すると、和希の提案した「マロン」を「茶色っぽい感じがする」と慎一が退けた。  食べ物系がいいのかと聞かれ、知っている犬や猫に「ココア」や「ジャム」や「プリン」がいるのだと答えると、それなら「マシュマロ」ではどうだと言われ、長いし「マロ」が公家っぽくてビミョーだと返すと、最後に慎一が半分呆れて「それなら、もう『みるく』で決まり」と言って、和希も笑って、「みるく」になった。 「もっと自由に外に出してやりたいけど、いい出入り口がないんだよな…」 「最近は完全室内飼いの猫も多いし、みるくはまだ小さいから慣れるんじゃない?」  そうだな、と頷いて慎一がみるくの背中を撫でた。 「欲しいもの全部は与えてやれないけど、俺にできることはするからな。それで許せよ」  自由なことと飢えないことの、どちらが幸せかはわからない。けれど、縁あってこうなったからには、できるだけ幸せになろうなと、もぞもぞ動く白い塊に囁いている。  あのまま置いてきていたら、みるくは生きられなかったかもしれない。慎一のところに来られてよかったのではないかと和希は思う。 「一週間で、ずいぶん健康そうになったね」 「ああ。体重も増えたし、毛艶もだいぶよくなった。でも、夜とか、一人で留守番させるのが可哀そうでさ…」  意外と過保護だ。溺愛ぶりに笑みが零れる。  にゃあ、と短く鳴いたみるくが、慎一のシャツに爪を立ててよじ登る。大きな手に支えられて体勢が落ち着くと、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らし始めた。 「もともと猫が好きなの?」 「いや。飼うのも初めて」  それにしては、トイレや食事の世話が完璧だ。そう言うと「ネットでいろいろ調べたからな」と慎一は笑った。

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