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【10】-2

 市役所の市民課に行き、提出された書類に目を通し、証明書を出力して手渡す。時々、会議に出て報告書を書く。  そうして毎月生活してゆくための賃金を得て、その金で部屋を借りて、そこへ帰って寝て起きて、それからまた市役所の市民課へ行く。   「その繰り返し。それが、僕の人生なのかな……」 「まあ、そうなんだろ?」 「なんのために生きてるんだろう」 「モラトリアムかよ」  次の週末も、慎一に誘われて店の上の家に来ていた。  一週間でみるくはだいぶ大きくなっていた。 「子猫って、成長がはやいよね」  和希がたいして変わらない日々を送っている間にも、ちゃくちゃくと運動能力を高めて、高い位置にある窓枠や食器棚にもジャンプできるようになっていた。  テーブルを挟んで置かれた二つの椅子の一つに座って、活発に動き回る白いふわふわを目で追う。 「えらいなぁ、みるくは……」  和希は相変わらず、慎一以外の人の手が怖いのに。  慎一が笑う。 「人にさわれなくて、仕事の時とか、どうしてるんだよ」 「眼鏡してるとちょっと気が楽なんだ。対面業務の時は間にカウンターがあるし。それに、最近気づいたんだけど、大人って意外と他人にさわる機会が少ないんだよね」  よほど仲のいい友人同士や恋人同士ならともかく、一緒に働く程度では、まず他の人の身体にふれたりしない。 「だから、やってこれたのかも。逆に慣れようと思っても、全然、機会がなかったりする」  へんにさわれば和希が変態になってしまう。  飲み会は別だ。酒が入るとスキンシップが増える。それが怖くて、今まであまり参加してこなかったのだけれど。 「今度、飲み会があったら、行ってみようかな」 「やめておきなさい」  即座に禁じられて「なんでだよ」とむっとする。しかもなぜ丁寧語。  向かいの椅子に座る慎一を睨むと、なぜか慎一も睨み返してきた。 「あぶないだろ。絶対、ダメ」  真顔で言われて、なんとなく目を逸らした。

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