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【12】-5
「怪我がひどくて、驚くほど痩せててな…。運ばれてきた時はろくに動けなくて。なのに、救急車を呼ぶって言うと、必死で逃げようとするんだ」
野生動物のようだった、あのまま死ぬのではないかとヒヤヒヤした、と田中や鈴木が続ける。
「堀さんがいて、骨や内臓はやられてなさそうだって言うから、とりあえず寝かせて食べさせて、様子を見ることにしたんだよな」
「だけど、あの頃の慎一は、手が付けられないくらい荒れてたからな」
「ああ。元気になったらなったで、大変だった……」
一瞬しんとなり、三人は遠い目になった。
そして、「ひどかった……」、「しょっちゅう喧嘩をしてきて、日水さんに怒られていた」と、にわかには信じられないことを言った。
「あの、慎一が、ですか……?」
いつも穏やかな顔でにこにこ笑っている。優しくて、みるくを溺愛している慎一が……。
「嘘ですよね……」
「ああ。今の慎一からは、確かに想像できんかもなぁ……」
「すっかり、おだやかになったもんな。あんないい男になるとは、思わなかったよ」
田中が笑い、鈴木も頷く。
岩田のボトルが空になり、慎一が新しいボトルを持ってきた。
「岩田さん、人の黒歴史を勝手に語らないでよ」
「なんだよ。和ちゃんになら、言ってもいいんだろ」
慎一がチラリと和希を見た。口元を軽く緩める。
「まあ、いいけど」
「長く一緒にいるつもりなら、秘密はなしにしたほうがいいぞ」
「うん。でも、自分でちゃんと話すよ」
「そうか。そりゃ、悪かった」
岩田はあっさり謝った。
慎一はもう一度和希のほうをチラっと見て、口の端だけで小さく笑ってカウンターの向こうへ行ってしまった。
「まあ、大変な時もあったけど、慎一に死に水を取ってもらえたし、店も継いでもらえたし、日水さんにとってもいい縁だったのかもな」
「そうだな」
「きっと、今頃、あの世で喜んでるだろ」
日水が他界したのは四年前だという。煙草を吸わないのに肺がんに侵され、気づいた時には手遅れだったそうだ。
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