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「最初は、ただ助けるだけのつもりだった。少し休ませて帰せばいい。俺とは全然違う場所で生きてる、苦労知らずのリーマンなんだろうって思って……」  けれど話を聞くうちに、外からは見えないだけで和希も悩みを抱えているのだとわかった。誰にも言えず、ずっと一人で我慢してきたことも。 「赤いスイートピーの話を聞いた時、悲しそうな目でまわりの奴らを見てる和希の顔が浮かんで、可哀そうだと思うのに、なんだか可愛くて、ああ目の前にいるこの猫とそっくりだなぁと思ったら、おかしくなって……」  自分に守れるものなら、守ってやりたいと思った。  あの時にはもう恋に落ちていたのかもしれないと慎一は言った。 「可哀そうたぁ、惚れたってことよって言うしな」 (三四郎……)  和希は小さく笑った。『三四郎』の中で「Pity is akin to love(憐れみは恋に似ている)」を漱石がそう訳した。 「で、俺はほかの人間にさわれない和希につけこんだ。ずるい男だ」 「そんなことは……」 「ずるいんだよ。ずっと明るいところで生きてきた和希は、そのまま明るいところにいたほうがいいってわかってたのに、だんだん、このまま和希が、俺以外の誰にもさわれなければいいのにって思うようになったし」 「え、そうなの?」  それはそれで、ちょっと嬉しいかもしれない。 「和希は、結婚願望があるっぽいし、俺は男だし。絶対、不利だろ」 「結婚願望……。あるのかな?」 「したくてもできないって、泣いてたぞ」  そんなこともあったかもね……と、他人事のように頷いた。 「もし……」  囁くような声で慎一は言った。 「もし、ほかの人にさわれるようになって、普通に結婚して幸せになりたいって思ってるなら、このまま何もしない。一緒に暮らしても、和希が出ていくって言ったら、止めないよ」

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