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第11話

 それでも宝は『だめだ』という言葉にひどく傷ついてしまい、ぎゅっと手を握りしめた。 「ギアメンツさま、どうぞ」 「あ、ありがとう」  宝はロカイから戻ってきた王冠を頭にちょこんと載せた。きちんと治まったそれに、幾分ほっとする。  この王冠は今朝宿代わりにした家を出るまえに、ロカイに手渡されたものだ。唐紅色の直径八センチほどの、こじんまりとしたものだ。高さは十センチくらいだろうか。  装飾はたいへん豪華だった。中央に大きな濃紺の宝石がはめ込まれていて、その周りにも小さな青系統の宝石がたくさん散っている。  不思議なことに、この王冠は留め具がなくても宝の頭のてっぺんでちゃんと安定した。ただし、いまのように激しく動いたりすると、落ちてしまったりもするのだが……。  ちなみに本物の皇太子の頭からは決して落ちたりしないそうで、ほかの人間では載せることもできないらしい。試しに結城が頭に載せようとすると、王冠はするっと落ちてしまった。そんな王冠が自分の頭にだけちょこんと載ったとき、宝はとてもうれしかっりしたのだ。  それからまた、一行はだれともなく足を進め歩きだした。  暫くすると、いきなり結城が立ち止まり、後ろにいる宝たちを振り返った。 「どした?」  顔をあげた、宝の声は、 「危ないっ! 宝、逃げてっ!」  突然こちらに疾走しながら叫んだ結城の声にかきけされる。 「えっ⁉――うわっ!」  逃げてといわれてもどっちへかも誰からかもわからず、その場に固まってしまうと、ロカイに路肩へと突き飛ばされた。 「うらぁぁぁっ!」  (したた)かに地面にぶつかるや否や、頭上で野太い威嚇の声がする。 (なにっ⁉)  ガンッ!  つぎの瞬間自分が立っていたところに刀剣が叩きつけられていたのを見て、宝はぞっとした。見上げればむきだしの腕に隆々と筋肉をつけた見知らぬ大男が、地面に刺さった大太刀(おおたち)を引き抜いて、ふたたび振り上げようとしているところだ。 「うりゃあぁーっ!」  刹那、(たくま)しく勇ましい結城の声があたりに響き、彼女の細い脚が宙を舞った。 「うぎゃあぁぁ」  どんな跳躍力をしているのか宝が目を瞠るなか、小柄な結城の足が見事に身の丈二メートル近い暴漢の顔面に打ちこまれる。 「うっ、うおっ、うぅうっ」  ガラン。  男が手にしていた刃渡り一メートルほどの剣が、地面に落ちるときに重みのある音を響かせる。これが自分に振り落とされていたなら、即死だったかもしれない。  ドサッ。  勢い結城を顔に乗せるかたちのまま、大男は地面に沈んだ。  (俺、もしかして皇太子の代わりに、命を狙われている⁉)  だったら、殺されてしまう可能性もあるではないか。  ――それも必然です。  宝の頭に、昨夜のプダウダの声が蘇った。 (全然大丈夫じゃないじゃないかっ! 俺、やばいことになってるんじゃないの? もしかしたら、殺されちゃうんじゃないのっ⁉)  顔を蒼くした宝は、足もとの男に目をやった。 「うぉっ、うおっ、うぅうっ」  結城の一撃には充分なウエイトが掛かっていたようで、男はいつまでも顔を押さえながら地面を転がりまわっている。この男が立ちあがってまた自分を襲ってくるかもしれないと、恐ろしくて目が離せない。しかしよくよく見れば彼は曲がった鼻から大量の血を流している。どうやら骨が折れているようで、暫くは立ちあがれそうにないようだ。 (だ、大丈夫なのかな……)  湧き上がった同情に、宝の瞳がうっすら潤んだ。 「え? もういいの? もう終わり?」  (うごめ)いていた男がそのまま気を失って動かなくなってしまうと、身構えていた結城はファイティングポーズを解いて、首を傾げた。 「大男……なんとやら、だね!」 「大男総身に知恵が回り兼ね、でしょ。無理して浅学(せんがく)を証明しなくてもいいんじゃない?」  笑顔で云う結城に晶がすかさず突っ込みながら、こちらへと歩いてくる。 「え? 晶、まずはコイツを倒したこと褒めてよ」  結城を無視した晶がボディバックの中から取り出したものを見て、宝は「げっ」と声をあげた。  見覚えのあるその小型銃は、トリガーを引くと放射状に広がった粘着物質が飛びだして、狙った相手を瞬時に捕らえることができる。そして捕獲されたものが暴れれば暴れるだけ、まとわりついた粘着物質は蜘蛛の巣のように広がっていき、さらに拘束力を増していくという凶悪なものだった。  以前、宝は晶のその銃の実験の犠牲になり、粘々する物質に拘束されて半日もラボに転がされたことがある。 「晶っ! それ使っ――」  バシュッ!  止める間もなく、晶は容赦なく倒れる巨漢に銃口をむけて撃ってしまった。 「あぁあ。かわいそうに……」  男に絡みついた網目状の粘液が、見る見るうちに彼に巻きついていった。  いくら自分の命を狙った悪者だとはいえ、かわいそうだ。  うなだれた宝を見てそれまで様子を見守っていたロカイも心配になったらしい。 「晶、それは命にかかわるのか?」 「粘着剤は半日したら消えてなくなる。こうしていると追って来られないですむ」 「なるほど。すばらしいアイテムだな」 (鬼か、こいつらは……) 「あっ、プラウダさん」  オロオロしていると、顔面を負傷した男のまえに膝をついたプラウダがヒーリングと神の加護を与えはじめた。その人心にやっと正気を取り戻した宝は経験上、彼が喉が渇いたときのことを考えて、自分の水筒の蓋を開けて男の手に握らせてやった。  ほどなくしてプラウダが祈りを終えると、ふたたび目的地を目指して一行は歩きはじめた。                 *  宝たちはいま、丘のさきにある『泉の湧く神仙の神殿』に向かっていた。  プラウダはそこで祈らないといけないそうだ。  姫巫女が『泉の流れるひとの神殿』で祈ることができないでいると、神とひととの繋がりが希薄になってしまうらしい。その状態が続くとひとの魂が神と隔てられていき、やがて心が荒び、それに肉体もつづいて、国や自然までもが汚染されていくそうだ。  地球と違いこの星では特殊な力を持ったものが多く存在して、彼らのほとんどが無償の愛のもと、その力を治癒や経済を動かすことに使っているという。  プラウダも神殿に従事するそのひとりなのだと教えてもらった。

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