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第12話
「どこででも祈ることはできますが、神殿では効力が大きくなります。粒子がとても細かな特別な場所ですからね。祈りに言葉すらいりません。想いがそのまま神の力と融合するのです」
「プラウダさんのほかに神殿にいるひとたちは? みんな、捕まったりしているんですか?」
なぜプラウダだけがわざわざ遠くの神殿に行かないといけないのか、宝にはわからない。彼女ひとりがいなくても、あの広い神殿になら他にもたくさん祈るひとはいただろう。みんなに任せてしまえばいいではないか。
「神官たちはいつものように神殿にいるはずです。ただ神官のなかには残念ですが今生 、神との繋がりが見えていないかたも大勢います。神との繋がりを確信している神官と、そうでない神官のなかの一部ですこし摩擦もあるようで……。私が神殿でお祈りができない間に、揉めなければいいのですが……」
「神官が神殿にいても『ちゃんとまじめにお祈りをしてくれていないかも?』 ってこと? だからプラウダさんが『泉の湧く神仙の神殿』に行くことになったの?」
「その心配はしていません。彼らは変わらず今日も祈りをささげているはずです。私が神殿を目指すのは、私が巫女だからです。神官に比べて巫女の祈りは力が数段高いのです。神官たちだけでは私の代わりを補いきれないでしょう。――私が神殿で祈れないでいると、ほかに力を持っているものたちの能力も、どんどん落ちてしまいます。きっと今まで神の声が届いていたものも、そろそろ神の声は遠くなってきていることでしょう。私はできるだけ早く『泉の湧く神仙の神殿』につき、そこで祈らねばなりません。だから宝、あなたもがんばって歩いてくださいね」
「……は、はい」
つまり彼女は特別ってことだ。そして宝の疲労も、しっかりバレていた。それもそうだろう、既に宝はハァハァと肩で息をしながら歩いている。
今朝は店が開く時間を待って街で買い物をしたので、宿場を出るのが遅くなった。だから、もう太陽――と呼んでいいのかわからないが――が傾いている時間ではあるが、それでもまだ宝たちは三時間ぐらいしか歩いていないのだ。
しかしずっと上 り坂ばかりつづいている。日ごろ長距離を歩くことのない宝にとって、この行程はきつすぎた。挫 けそうになりながらも、なんとか足を止めずに歩いているが、逆に心のなかで呟く不満のほうは止めたくても止まらない。
ハァハァハァ。
(ああ。今すぐ、魔法かなんかで家に帰って、ベッドに転がってしまいたい……)
がっくしと頭を下げたとき、また結城の声があがった。
「みんなっ、伏せてっ‼」
重い足を引きずるようにとぼとぼ歩いていた宝は、ビクリとして足を止める。
「へっ?」
(今度はなに⁉)
「うわっ、痛っ!」
顔をあげる間もなくまたもやロカイに地面に押し倒された宝は、両手で痛む鼻を押さえ目には、涙を滲ませていた。
ビュンッ、ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!
(なに? なに? いったいなにっ⁉)
ロカイに庇われていて状況が全く見えない。
「うわっ! ぎゃあっ! うっ! よせっ、やめろっ!」
なんとか顔をあげて目を眇めて見た前方では、結城が片足をあげ大きく腕を振りかぶっている。
ビュン!
彼女が宝たちの背後にいる、何者かに向かって石を投げているのだ。
「待つわけないでしょうがっ! あんたこそそのヘンな武器をす・て・な・さ・い・よっ‼」
ブォンッ!
そのうち今度はもっと大きな石が空を切る鈍い音がして――。
「ぎゃああああぁっ! ぐがっ!」
バサッ。カタン。
致命傷を受けたらしい悪漢の断末魔の声と、ひとが地面に倒れる鈍い音が響いた。
ロカイの腕がやっと離れたので恐る恐る音がしたほうを確認すると、つい今しがた通り過ぎたばかりの小屋のまえで、男が仰向けで転がっている。周囲には結城の投げた無数の礫 が落ちていた。
「結城はすばらしいな」
宝とプラウダを庇って一緒に伏せていたロカイは、さっさと立ちあがるとプラウダの手を引いて、彼女を起こした。
(痛いぃぃぃ)
ロカイに手荒に押されたときに、鼻を強打していたがそれは内緒だ。
「宝、怪我はありませんか?」
頭上を礫が飛んでいくたびに、男の悲鳴が上がるたびに、そのつど宝もびくっ、びくっと身体を竦ませてずっと怯えていたのだ。プラウダの言葉にこくんと頷いてみせた宝だが、伏したまま動くことはしなかった。気づけばすっかり腰が抜けていたのだ。
宝の背中に泰然としたプラウダが手を添えて、優しく撫でてくれる。正気であったのなら、こんなかわいい子に触ってもらえてどれだけ狂喜乱舞しただろう。しかし短時間に二度も命を狙われた宝に、いまはそんな心の余裕はまったくない。
「……ひっく、うぅうっ……っく」
ついに泣きだすと「あらまぁ」とプラウダが蒼い瞳を丸くする。
それでももう恥ずかしいだとか情けないところを見られたくないなどと、体裁に構ってはいられなかった。
「こ、こわいぃぃ。いますぐ帰りたいよぉぉ」
止められない涙がぼろぼろと、宝の頬を滑り落ちていく。
「うっ、うぇっ、ひぃぃん」
「宝、うるさいってば 今尋問中よ! もうすこし静かに泣いてちょうだい。コイツの声が聞こえないじゃない」
「ゆ、結城、ひど……。ひぃいっく。うぇっ……うぅう……」
結城に怒鳴られて、恐怖のうえに惨めさまで加わってしまう。
「うぅっ、……ひっく、うっうっ。もう、やだぁ」
ボウガンを持っていた男は、結城に捉えられてロカイに尋問されていた。いろいろ聞きだすのに時間はかかっていたようだったが、男が解放されたあとになっても一行がなかなかその先に進むことができなかったのは――。
しゃがみこんでいつまでも泣きやむことができなかった、ヘタレな宝のせいだった。
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