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第17話
「君はさっき気になることがあると云っていたね。そのことと君が左大臣に命じられたことに関して、なにかわかることがあったらすべて話してほしい。私たちを助けてくれ」
「わかりました。私が知る限りのことを話しましょう。――私に皇太子を連れ戻すように直接に命じたのは、所属する第三騎士団のパネラさまです。不確かですが彼はイヌイの諸侯と関係していると耳にしています」
「連れ戻す、でいいんだな?」
「はい。皇太子と姫巫女を連れ帰るように云われました。クーデターまえにあったとされる政治にまつわる不正の審議を明白にするためにと」
ロカイは緩く握った右手の人差し指の関節を顎にあてて、考える素振りを見せた。
「実は昼にギアメンツさまを襲った連中を雇ったのは、訊いた容貌からコウシンの領地に勤める子爵だと推定している。その主 の侯爵は神官長と血縁関係にある。どうやら左大臣とは別に神官長を指導者とする一派が動いているらしいのだが――。そのことについてイアンはなにか知っているか? 君は私たちよりもあとに都を出ているだろう?」
「都やここに来る途中の街では、神官と司祭たちが出歩きまわっていました。左大臣がしようとしている皇太子と姫巫女を審議することは、神にたいする冒涜だと布教しています。それに賛同する民たちによって皇太子と姫巫女を匿う動きが大きくなっているので、実はいまここを探し出すことは困難なのです」
「それでもやって来られたとは、庭に倒れていたふたりと君はすごいんだな。探し出した方法は占いか。それなら相当な力の持ち主だ。それこそ宮廷に仕える占い師……。まさか晶のような不思議な道具を使ったってことはないだろう」
最後の晶のくだりは、イアンにはわからないだろう。ロカイも独り言のようにそこだけは声のトーンを落としていた。
「……それはわかりませんが。あとロカイさまがおっしゃる神官長のことですが、今朝宮廷で聞いた噂では、神官長が第二皇子に謁見していたということです」
「神官長はエメラルダさまを立太子 させるつもりか……。愚行だな。そうなるとギアメンツさまが邪魔になる。さて、どうするつもりかな」
ロカイが嘲笑した。
「それでも神官がひとの命を狙うことは、よもやあり得ないのではないでしょうか? それと今夜、庭で皇太子の命を狙ったふたりは城の騎士でした。左大臣に忠実な奴らだったので、私でも顔を覚えていました。彼らが単独で行動したとは思えませんし、ましてや左大臣の命令を無視することもないでしょう。となると、左大臣が水面下で皇太子の殺害を企てている可能性が高いです」
「神官長と左大臣。どちらにも命を狙われている可能性があると? ありがとう、イアン。君の意見を参考に、今夜もう一度考えてみるよ。さぁ、ほかになにもないようならもう引きとってもらってもいい」
「明日の朝この宿場の北の駅舎で、この周辺で動いている騎士たちの集会があります。私がそこに参加してなにか情報を掴んできましょう。待っていてください」
「それは危険ではないかい? 今夜君がここにいたことに気づいているものが、もしいたとしたら……」
「連れ戻すと聞いていただけなのに、実際には皇太子は暗殺されそうになっていた。だれの下についたとしても皇太子を守ることができると断言できない状況の今、私にとっては皇太子の傍にいることが一番の方法です。それにここだけの話にして欲しいのですが、私はギアメンツさまのことは嫌いです。しかし彼が悪いヤツでないことは知っています。だから政治には不正はなかったと信じられる。はじめから皇太子と姫巫女を審議する必要はないと思っているのです」
「賢明だな。お前のような騎士が第三騎士団に埋もれているとはもったいない」
ロカイがくすっと笑った。
「これもプラウダの云う、必然というやつか」
「私は命に代えても皇太子を守るつもりです。今夜庭から逃したふたりが明日集会に現れないのだとしたら、私はここに無事に帰って来られるでしょう。でももし朝食時間になっても帰って来なかったら、私に裏切者としてなんらかの処分があったと思って私のことを忘れてくださって結構です」
「えっ⁉ それってどういう意味?」
毅然と云うイアンのセリフに、宝は血相を変えた。イアンが宝を振り返る。
「ギアメンツさま。私が一介の騎士です、という意味ですよ」
真摯に見つめられ、宝は不安な気持ちで「……なに」と呟いた。
「私が帰ってこなかった場合は国に散っている騎士にはくれぐれも気をつけください。私が知る限りでは第三騎士団の第一部隊長・キユイカでしたらあなたの意向に沿って動くでしょう。彼を私のかわりにしてください」
「わかった、そうしよう」
わかったじゃない。イアンが帰ってこないだなんて嫌だと唇を咬みしめる宝を後目に、ロカイが話しを変えた。
「ところで、イアン。君はどうやってここに私たちが泊っていることを知ったんだ?」
「それは、なんとなく……。なんとなくこの宿が気になって、私は足を止めました」
「なるほど」
訊いたわりにはロカイの反応は、そっけないものだった。
「それでは、明朝。失礼します」
「ああ。ありがとう、イアン。おやすみ」
「俺もいっしょにいく!」
頭を下げて部屋を出ていこうとするイアンのあとを、宝は慌てて追いかけた。
*
ロカイの部屋を出たあと宝は一度彼に呼び止められて、ギアメンツの怪我と不在を内緒にして欲しいと口止めされた。それと呼び名も改めるようにもだ。
それにしてもまったく酷すぎる。
この世界に来てから、みんなに頼まれ脅され縋られ威圧されて、宝はずっと皇太子の身代わりだ。
しかも頭にちょこんと王冠を載せて「ぼくは皇太子ですよー」と宣伝しながら歩いている。皇太子を狙う悪者たちに、標的をわかりやすくしてやるとはまったく親切なことだ。
王冠と宝が皇太子と同じ顔をしているということで、周囲が勝手に騙されるくらいならまだいいと思っていたが、故意に他人を騙すことには気がひける。それなのにロカイはイアンのまえでギアメンツに徹しろ、と云うのだ。
「記憶があいまいになったとしても、ひとはそうそう人格が変わらないでしょう? 宝、まず『俺』ではなく『僕』に改めてくれ。堂々と振る舞いそして毅然としていてほしい」
そう云われたばかりなのに、廊下で待っていてくれたイアンと彼の部屋に戻る宝の肩は、さっそくみすぼらしく落ちてしまっていた。
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