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第23話
そんなことを思っているうちに、ロカイは晶の顎を取ると上向かせた。
(あ、晶が、超怒っている。って、えっ⁉ えーっ⁉)
なんと額に青筋を立てながらも晶がおとなしく目を伏せたのだ。ロカイが彼女に顔を寄せていき、そしてみるみるうちにふたりの影が重なっていく。
(えーっ⁉ うっそーっ! ロカイがあ、晶とキ、キスした⁉ どういうこと?)
顔を真っ赤にした宝は、もう見ていられないとその場から逃げだした。足もとの砂利が音を立てないように気をつけながら、当初の目的であった泉のほうへイアンを探しに走っていく。そして小屋の端まで来たところで誰かとぶつかったのだ。
「おっと」
「わっ」
宝がぶつかったのはイアンだった。すぐに彼の逞しい腕で支えてもらったので、転ばずにすんでほっとする。
「イアン。お帰り。待っていたよ」
彼の胸にぶつけた額を摩りながら見上げた宝は、イアンの顔を確認すると笑みをこぼす。
(やっと、帰ってきてくれた)
さっき見た光景のせいでまだ顔は火照っていたが、月の光だけでは彼には気づかれないだろう。
「……あ、ああ。帰りました。ギアメンツさま」
転びかけたときのままイアンの腕に手を添えていた宝は、彼との距離が近すぎることになんの疑問も持っていない。イアンのぎごちなさにも気づかないで、「よかった」と素直に囁いた。
ところがタイミング悪くロカイと晶のキスシーンがふたたび頭に蘇ってしまう。
思わずイアンの唇に目が釘づけになってしまった宝は、さらに顔を熱くしてイアンからすこしだけ上体を離すと俯いた。
へんなことを思い出したせいで、胸がどきどきしてきた。
(お、俺はいったい、なに意識してんのっ)
うるさい胸をぎゅっと押さえつけ、鎮まれ鎮まれと心のなかで繰り返す。
「ギアメンツさま。みなさんはどこですか? 話もありますのではやく部屋に戻りましょう」
腕に置いた宝の左手をそっと外したイアンが、小屋の入り口に向かって歩きだそうとした。
「あっ、待ってイアン!」
部屋にはロカイと晶がいるのだ。
いくらなんでも子ども相手にいかがわしいことは行われていないだろうが、――勿論そんなことになっていたら止めるつもりだ――でもいますぐ部屋にはいるのはよしたほうがいいのではないか。宝は咄嗟に彼の手を掴んだ。
「ギアメンツさま?」
「えっと、あの、その」
なんと説明すればいいのかわからず宝は、狼狽えて俯く。するとにわかに顔に触れてきたイアンの手で、宝は顔をあげさせられた。奇しくもそれはさっきみたロカイと晶のようなシチュエーションだ。きれいな緑石の瞳にじっと見つめられて、どきまぎした。
「えっと……。あの。イアン?」
自分の顎を掴むイアンの意図がわからない。宝が、なに? と口を開くまえに、眉根を険しく寄せたイアンが語気を荒ららげて云った。
「ギア、どういうつもりだ?」
「え?」
宝は初めて聞いた彼の強い口調に驚いた。顔を寄せて「お前が悪いんだぞ」と責める彼にちいさく息を飲む。
(な、なに? 顔、近……い……)
目を伏せがちにした彼の唇が、自分のそれに重なったとき、宝は目を瞠った。
彼の唇に自分の唇をやさしく撓 められると、じわんと身体のあちこちが甘く疼く。
「……ふ、ぅん」
自分でも信じられない甘えた声が鼻から抜けたので、そのことにもびっくりしてしまった。
(イアン、なに……? これって、もしかしてキス?)
突然のことでわけがわからなかったが、それでも宝は抵抗しようとは思わない。彼が目を閉じたのをみて、宝もそれにつられるようにしてそっと瞼を下ろした。
角度を変えてなんどもイアンの唇が宝の唇に触れてくる。
(唇ってこんなに柔らかなんだ……)
宝は人生はじめてのキスに、どきどきしながら集中する。
しっかり唇を意識していないと、腹部によく知る男性特有のあの特別な感覚が生まれてきそうで、とにかくやばい。
「……待って」
もうこれ以上はだめだと、宝から口づけを解いた。
「今更抵抗するのか?」
俯いた宝の耳のもとで、イアンが低い声で責めるようにして云う。
「そうじゃないけど。お、僕はそんなつもりじゃなくて…‥」
クッと笑れて、見上げた彼は眦をきつくしていた。
「今回だけはあなたも冗談が過ぎた。俺だっていつまでもあなたに振り回される訳にはいかないんだ」
「なんのこと、俺、そんなことしてない」
「いいさ、本当に記憶が混乱しているなら、それでも。ただしもう俺はこれ以上は考えない。今のようにあなたに惑わされつづけていると、俺はどうにかなってしまうよ。俺は騎士だ。このままでいて、皇太子を守るという任務がまともに果たせなくなるのは困る」
「惑わすって? 俺、別にそんなことしようと思っていない。ただ、ほんとに記憶があいまいで」
イアンは怒っていた。きっと、ギアメンツに記憶が混乱してると嘘をつかれ、揶揄われているのではないかと疑っているのだ。宝はそんな酷いことはしていないと、彼にちゃんと伝えたかった。
「実際にいつもと態度の違うあなたに、こっちは混乱させられているんだ!」
しっかり聞けとでもいうように、イアンが大きな手のひらで宝の顔を包んで目をあわせてくる。
「泣き濡れて縋ってくるお前に、俺は惑わされた。俺の胸で眠るお前に心が騒いだんだ。ただの幼馴染だったお前に!」
「あ……」
強い眼差しで真摯に告白され、宝はなにも発せずにただ胸を焦がした。
「俺のこの気持ちをどうしてくれる⁉」
近かったイアンの顔がさらに寄せられて、またふたりの唇が触れあわんばかりの距離になる。
「月明かりの夜、井戸のまえで泣いていたお前の瞳が、お前のその唇が俺を誘惑したんだ……」
たまらずに宝は目を閉じた。
「好きだ」
(うそ。イアンが、俺に好きって云った? うれしい)
だからきゅんとなった恋愛初心者の宝は、つぎの口づけにも彼にされるまま素直に唇をあけ渡したのだ。
二度目の口づけは宝の唇を割って、そっと彼の舌が忍びこんできた。軽く口腔を擽ったそれはすぐにでていってたが――。
「皇太子。ギア。ちゃんとあなたのことは守るさ。……だから、今はこの俺の気持ちをすっきりさせろ」
そう云うとイアンはまた深く宝の口のなかを探ってきて、びくっとして逃げようとする舌を絡めとると、きゅうっと吸った。
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