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第24話

(なにこれ、……気持ちいい。身体がじんじんする……)  イアンの手が宝のドレスシャツの合わせを探り、ボタンをひとつづつはずしてくる。  シャツをはだけられ高鳴る胸の鼓動を確かめるようにしてイアンの手が胸に当てられると、彼の温もりが素肌に直接伝わってきた。 「ギア。本気ってことでいいんだな?」  宝はこくんと頷いた。 (でも‥‥ほんとは俺は、ギアメンツ(かれ)じゃない)  ずきんと宝の胸が痛んだ。  すこし冷静さを取り戻した宝は、イアンの手首を掴むとそっと胸から離す。 「……イアン。これ以上は、ちょっと……」 (どきどきしすぎておかしくなっちゃう)  それにこのまま続けていると、股間のほうもよろしくなくなってしまいそうだ。 「いやか?」 「あのっ、そのっ」 (いやじゃないんだけど……) 「あなたが誘ったんでしょう? それなのに駄目だと云うのか?」  晶とロカイのことがあってイアンを引き留めたのだが、彼はそれを宝が誘惑してきたと捉えたらしい。ここにきてやっと彼の誤解に気づいた宝は「あっ」と声をあげた。 「だ、だめじゃないけど。い、いやっ、誘ったんじゃなくて、実は……あっちでいま……その……」 「は? なんだ? はっきり云ってくれ」  だめじゃないのかいっ、と自分で自分に突っ込みつつ、どう説明すればいいのか困ってしまう。  そのときだ。  ガシャンと何かが砕ける音がして、ふたりは揃って音がした小屋のほうをみた。 「あっ、なかに晶とロカイがいる!」 「ギアメンツさま、行きましょう!」  すぐに勇ましい騎士の顔に戻ったイアンが宝の手をとった。晶になにかあったらと思うと気が気ではない。焦って足がもつれそうになった宝は、しっかり手を引いてくれるイアンを頼りに、彼女のいる小屋へと急いだ。        *  小屋の入り口でイアンに押しとどめられ、宝は声を立てないように目配せされた。  ふたりでそっと足を忍ばせて中にはいると、ロカイと晶の話声が聞こえてくる。ひとまず宝は彼らが無事であることに胸を撫でおろした。  しかし一間(ひとま)なだけあって、なかの声は筒抜けだ。聞こえてきた彼らの話と雰囲気に、宝とイアンは顔を見合わせることになった。 「私がこんなにあなたを愛している、と云っているのに……?」  ロカイの口からでるセリフは彼らしくない、甘さだっ。 (うそ、まだこのふたりさっきのつづけていたのっ⁉ なに、なに、いったいどうなってんのっ⁉ どういう関係っ⁉)  出るに出られなくなった宝とイアンは、そうっと仕切り壁の横に置かれた家具に身を隠した。家具の裏側ではロカイが悩ましげに晶に迫っている。 (これはラブシーンなのか? 身内のラブシーンとかってあんま他のひとに見られたくないような……)  宝がちらっとイアンの顔を見ると、彼は不可解そうな顔をしていた。イアンの顔がとても近い。ぴったりとくっつく彼の身体をいったん意識してしまうと、またもや宝の胸がどきどきしはじめる。 (そういえば、さっきこの唇とキスしたんだ。男としたキスなのに、ぜんぜん嫌じゃなかった)  ロカイの口説き文句はまだ続いていたが、そんなことよりもイアンのことで頭がいっぱいだ。宝の瞳は、もう目のまえの彼の唇しか見えていないかった。 (もういちどイアンとキスしたい)  もし明日、自分が危険な目にあいでもして、童貞のまま死んでしまうのであれば、せめて彼とこのまま抱きあってひとつになってしまいたい。  はしたなく彼の唇を見つめていた宝の顎に、イアンの指が触れた。見上げると彼もまた自分を熱の籠った目で見つめ返してくれている。  ――イアン。  宝の唇が彼の名まえをかたどると、それに応えるようにイアンがキスしてくれる。宝は思い切って彼の首に腕をまわした。触れる彼の肉厚な唇も、口腔を舐めつくされるのも、とても気持ちがいい。腰から力が抜けてくにゃっとなるのと、彼が支えてくれた。  宝はまったくうまくやれないが、それでもイアンに応えたくて、彼の真似をして必死に彼の舌に自分の舌を絡ませた。ところが。 「――挙句の果てにはあなたに、鉄鉱石を投げ返されるとはね。ここはたくさんの祈り手が利用する宿舎だ。これ以上備品を壊さないでほしいな」  聞こえてきたロカイの物騒な言葉に、キスに夢中だったふたりの舌がぎこちなく固まる。 「ふんっ」 「そんなにさっきのことが、気に食わなかったんですか?」 「なんなら鉄鉱石はもうひとつ残っているわ。これもお見舞いしてあげましょうか」 「それはまた、あとでお願いするよ。私のかわいいお姫さま」 「……やっ」  会話が途切れ、衣擦れの音がしてきた。家具の影に隠れていたふたりは唇を離すと、こっそりベッドを覗く。 「やめっ……」 (これは、その、そういう流れ? まじか⁉ 相手は中学生だぞ!)  こんなわけのわからない世界に未成年だけで来てしまったからには、一番年長である自分が彼女たちの保護者がわりだ。 (はやく、晶を助けないと!)   「だめだっ! ロカイっ、晶から離れろっ」  ベッドの軋む音をきいた瞬間、宝は飛びだしていた。しかしロカイがベッドのうえで晶を押し倒していたのは一瞬のことで、さっと身をよけたロカイの影からみえた晶は片膝をたて、銃を構えている。 「って、ええぇっ⁉」 「――ろってばっ! ひとの背後を狙うのは!」 (へっ⁉ 背後? 狙う⁉)  バシューン‼   宝が彼らのうしろ、晶の銃を向けたほうに視線をやったときには、晶の銃口は火を噴いていた。 「うぎゃぁっ」 「わっ!」  宝の驚く声と、この部屋に潜んでいたらしい第三者の悲鳴が重なった。晶は涼しげな顔で、トリガーの部分に指を突っこみ、銃をくるくるとまわしている。 「それに私、プラウダじゃないし」  晶から身を除けていたロカイもまた「プラウダはもっとおしとやかで、胸だって大きいよ」と肩を竦めている。  一度だけ奥の仕切り壁の向うで、ガタッと大きな音がしたが、晶に撃たれた相手は自由が利いたらしく、すぐに逃げる足音が遠いていった。 「ちっ! 外してたか」 「奥の窓から逃げるな――」  宝が、どういうこと? とあっちとこっちをきょろきょろ見比べている()に、イアンが戸口から飛びだしていった。 「イアンッ⁉ どこに行くのっ、待って!」 「ギアメンツ、行くな!」  ロカイの制止の声を無視して、宝はイアンのあとを慌てて追った。

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