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第27話
「派遣されている騎士団は、あとふたつのグループに別れています。神仙の神殿近くでおふたりを捕獲する者たちと、川合と落合の近辺に野営 を張る者たちです」
「じゃあ、今夜『泉の湧く神仙の神殿』を襲った輩 はその前者に紛れていたのか? もしくはまだ紛れている可能性もあるな。心しておくよ。イアンどうもありがとう」
「はい」
報告が終わり、ロカイに礼を云われるイアンが宝には誇らしい。うれしさのあまり素直に口が緩んでしまう。
(イアンって本当にすごいよな。俺と同い年なのに、立派な仕事ができるんだもん)
彼の顔をこっそりと盗みみてすごくかっこいいと興奮した宝は、頬をうすいピンクに染めた。
彼らの会話が終わるのを待っていたのか、それまで静かに話に耳を傾けていたプラウダが、口を開いた。
「わたしからもひとつ話しますね。今夜、『泉の流れるひとの神殿』に戻るように御 言葉がありました。明日、みんなさん揃ってそちらに戻りましょう」
「ここには追手が来ないので、安心して明日を迎えられる。そして明日も姫巫女が無事に神殿で祈れるのならば、事態はよくなっていくだろう。もしかしたら、すべてのことに収拾がつくのかもしれないな」
「ほんと?」
宝が複雑な心境を隠してロカイに訊ねると、彼は頷いた。
「なにしろ明日は約束の四日目だよ、ギアメンツ」
「そうよ、お兄さま」
「そっか……」
微笑んだプラウダの長い髪がさらりと揺れて煌めいた。その光は宝の胸の奥に反射し、一瞬そこになにかを浮かび上がらせたが、しかし宝は垣間見えたそれに気づかないふりをしてそっと唇を咬んでやり過ごしたのだ。
*
結城は自宅に帰って行ったが、入院していることになっている宝はそうも行かず、異界の客人とおなじように晶の家に泊まることになった。時刻は二十二時。今頃みんな眠りについているころだろうか。
昨夜 宿で宝はイアンと同じベッドで眠ったが、今日は客間で布団を二組並べて横になっていた。
風呂から出たあと彼の待つこの部屋に戻るのに、どれほど緊張したことか。それはもう口から心臓が飛びだしそうなほどだった。
やっぱりイアンとは違う部屋にしてもらったほうがよかったかなと思いもしたが、次にいつ彼と親密に過ごせるチャンスがあるかなんてわからない。なにしろ明日が約束の四日目なのだ。
あんなにはやく偽物の皇太子なんてやめてこの世界に帰ってきたかったのに、イアンと出会ってしまった今となっては、そのことがつらい。彼ともう一生涯会えないだなんて。
だからひとりきりになった湯舟のなかで、じっくり考えて決めたのだ。脳裡を掠める切ない結末も、胸にわだかまる悲しい気持ちも、これから先の想いもすべて、今夜だけは強く目を瞑ることでやり過ごすのだと。
(せっかくだから、いい思い出をいっぱいつくるんだ)
素敵な楽しい夜になればいい。そう期待に気持ち高まらせて緊張とともに、イアンのまつこの部屋に戻ってきた。
彼の吐息を感じられる距離がとてもうれしいと思う。イアンといろんな話がしたい。彼のことをいろいろ教えてほしいし、自分の話ももっともっと彼に聞いてほしかった。
それなのにせっかくイアンとふたりきりなった宝は、気持ちが膨らみすぎて、会話をするにもなにから話したらいいのか、わからくなっていた。
隣で横たわるイアンも疲れているのか、さっきから黙っている。
(イアンが眠ってしまうまえに、なにか云わなきゃ……えっと、えっと……)
それに宝は話したいだけでは、ないのだ。
ちょっとでいいのので、イアンに触れたかった。そして彼にも自分に触れてほしい――。
「イアン。あの、……て、手を、繋いでほしいんだけど、いいかな」
布団から出した右手を、どきどきしながら彼のほうへのばしてみる。
今、宝は彼にとって従うべき皇太子だ。だから、きっと彼が断ることはないだろう。そう確信してのお願いだった。
イアンが身体ごとこちらを向き、控えめに差しだした宝の指先をそっと握りかえしてくれる。それだけで宝の胸はきゅうんと甘くしめつけられた。そしてそれだけではなかった。
イアンは甘く痺れる宝の指を絡めとって引き寄せると、つぎの瞬間、腰に腕をまわして宝をまるごと抱きしめてくれたのだ。
「イアン⁉」
嬉しすぎて目眩がした。心臓がバクバクとてもうるさい。
「ギアメンツ、……お前のことをもっと知りたい」
真摯に見つめられて熱い吐息とともに囁かれると、ずっと高鳴っていた宝の心臓はもう破裂寸前だ。
「あ……」
驚きにでた声は、まるで自分のものではないようなか細いものだった。抵抗なんて形だけであっても、したりしない。彼に自分が嫌がっていると、ちょっとでも誤解されたくはなかった。素直にされるがまま彼に身を任せてしまう。
男同士だからとか、ここが晶の家だとか、もうなにもごちゃごちゃ考えたりもしないのだ。
だってそんなのは時間がもったいない。自分には彼と過ごす時間があと僅かなのだから。
決意したんだ。たとえ明日自分が死んだとしても、後悔しないように。
だから耳に口を寄せてきたイアンに「いいか?」と問われたとき、宝はどんなに怖くてもイアンに従うことにして、そっと頷いた。
「不敬を赦してください、皇太子。……ギア」
(俺は皇太子なんかじゃない。でも……)
イアンのやわらかい口づけが額に落ちてきた。
「イアン……、好きだ」
「ギア……」
それにもし自分が無事に生き残れたとしても、住む世界の違う彼とはもう二度と会えないのだから。だからいま、自分は彼としっかり抱きあうんだ。
暗くした部屋のなか喜びに打ち震える心と身体とは裏腹に、宝の目尻から転がり落ちた涙の粒は、捩れるように頬を滑り落ちて、闇のなかにすうっと消えていった。
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