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第30話 <Hシーン注意>  

「や……」  ちょっとでも動くと体内にいっぱいになっている彼の存在に(うめ)き声がでてしまいそうだった。痛むんだと彼に悟られたくはない。  宝はできるだけそっと首を横にふると、震える両腕をイアンへと伸ばした。そして首にまわすとぐいっと彼を引き寄せる。反動で彼を受け入れている箇所に痛みと、下腹部に不快感が走ったが、そんなことは(おくび)にも出しはしない。 「ううん。イアン、うれしいから」  ぎゅっと彼の首っ玉に顔を埋めると、宝は熱い吐息とともにこのさきの行為を彼に乞うた。 「やって。全部。最後まで、してっ」 「ギア……」  それから宝は彼の逞しい身体が刻む律動に精一杯応え、彼の雄の証を体内に受け止めた。  宝の未熟な身体は彼自身が隙穴(げきけつ)に与える直接な刺激を、最後まで不快と苦痛としてしか捉えられなかった。  それでも行為の間中イアンが与えてくれていた乳首や性器への愛撫と、彼への想いを頼りに、宝は体内にイアンを受け入れながら二度、達することができたのだ。  たとえ疑似のようなセックスであっても、この行為には宝にはとても価値があり、その喜びは涙がでるほどのものだった。                   *  男がこういうときに雄になるということを、宝は知った。  まさに雄の野獣が飢えを満たすために、血肉に喰いかかるといったふうだ。  イアンに苦しいくらいに口づけられ、激しく体内を突かれた宝は、最後のほうは息も絶え絶えに揺さぶられるだけになっていた。  今日、イアンは一日のうちにたくさんの距離を移動し、そして怪我までした。とても疲れていたと思うのに、それでもあんなふうに自分を求めて性急に身体を繋げてきたのだ。  イアンに狂おしく求められることは宝にはまんざらでもなく、それを素直にうれしいと感じ、行為のあとのいま、とても満たされた気持ちでいた。 (俺、けっきょくイアンになんもできなかったな。いや、頑張ってイアンの、二回も受け入れたからいいのか? それに俺だけ事後(あと)の処理が大変だったんだし)  宝はやっている最中もいまも、官能を他人(ひと)と共有していることに自分がいっきに大人になったように感じていた。  イアンに自分の体内で放たれたとき、そして終わったあと腿を伝う彼の残滓を拭ったとき、宝はこれからの彼の人生の責任の一端を、自分が背負ったような気持ちになったのだ。  それでも、おそらくイアンに比べると自分はすべにおいて稚拙(ちせつ)なのだ。  自分はまだ学生だ。あと三年もすれば社会にでて責任を持たされて働くだろう。その時には自分も彼のような一端(いっぱし)の大人の男になれているのだろうか。  そのころには自分も彼のように雄の一面を持つようになっているのかもしれない――。  そこまで考えた宝は苦笑して、すぐさまその想像を否定した。 (……いや、自分には一生なさそうか)  自分が彼のような求めかたを誰かにする日が訪れるとはとうてい思えなかった。むしろ宝はイアンの興奮した荒い息や、自分を穿つ腰遣いに、求められてうれしいと感じて胸を熱くしていったのだ。  きっと自分はイアンみたいな奪うような与えかたをするタイプではなく、享受することを与えるタイプなのだろう。  イアンは自分が彼に本当に愛されていて(ほっ)されていると思わせてくれる抱きかたをした。荒々しい印象の交接だったが、でもそのつどつどはとても丁寧にしてくれたのだ。あんなに寡黙だった彼が、行為の最中にたくさんの(いたわ)りと愛の言葉を自分に紡いでくれた。  明日が過ぎても、自分はこのさきもずっと彼を想って生きていくのだろう。  今夜のことは想定外のできごとだったけど、きっと自分の一生に残るいい思い出になるのだ。 (俺、イアンのおんなのこになっちゃった……)  自分の乙女じみた思いつきにくすっと笑い、隣りで眠るイアンの顔を覗き込む。  身体をずらした拍子にちょっと腰や尻の(あわい)が痛んだが、その痛みはふたりで愛しあったあとのデザートのようなものだ。彼が自分のなかにいた証拠だと、甘い気持ちで享受する。 「イアン。イーアーン……」  起こすつもりはなかったが、彼の名まえを呼びたくなって、宝はちさな声でなんども「イアン」と繰り返した。 (明日が終わるまでは、俺のもんってことでいいよな?)  それならば、勝手にキスだってしていいはずだ。 「へへ」  眠る彼の頬にこっそり口づけをすると、ぽたっと落ちた宝の涙が彼の頬を伝い落ちていった。  きっと何度も思い出す。  そして何度も泣いてしまうのだろう。                     *    朝からシャワーを借りてさっぱりした宝は、身支度を済ませると深呼吸して気を引き締めた。イアンとの甘い時間を反芻するのはもう暫くはお預けだ。  今日一日は一秒一秒を真摯に受け止め、考え、感じて、大切に過ごそうと決めていた。  みんなが集まるダイニングにやってくると、そこでは窓から降りしきる光のなかでプラウダがお祈りをしていた。  すぐ近くにイアンの存在を感じたが、宝はそちら見ないようにした。いま見てしまうときっと赤くなってしまうだろうし、絶対ににやけてしまう。だれかに彼とのことを勘づかれたくはない。     それなのにお祈りを終えて顔をあげたプラウダが自分の姿を見て、あら? というふうに首を傾げたのだ。宝はどきっとしてその場で固まってしまった。   動揺を悟られないようにして「なにかな?」と訊いてみると、「いいえ、なんでも」とプラウダに微笑み返される。ああ、彼女にはバレているんだと宝は項垂れた。  今朝宝が目を覚ますと、隣りで眠っていたイアンとすぐに目があった。さきに起きた彼にずっと寝顔を見られていたらしいと気づくと、宝は恥ずかしくなってしまった。  すかさず布団で顔を隠しかけたが、しかしいちど恥じらってしまうと際限がなくなると考え直して、敢えて自分から彼の頬に「おはよう」とキスをしている。  身体に残る違和感と痛みが、宝に彼と抱きあったことが夢じゃないと教えてくれていた。  男同士で触れ合うには限度があると思っていた宝だが、それはまったくの思い違いで。昨夜宝は想像をはるかに超えて、彼と深く繋がれたのだ。  

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