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第34話
「イアン! お前らしくもない、どこを見ている? 現 を抜かしているのか?」
「失礼しました」
「城に戻る。ついて来てくれ」
「わかりました」
「ライラックはいるのか?」
「昨日神仙の神殿のまえに置いてきました。暫くは帰ってこないでしょう」
「帰ってこないって……。あいかわずツレないやつなだな。ちゃんと迎えに行ってやれよ……」
溜息を吐きながらのギアメンツの言葉に、宝はつんと鼻の奥が痛くなった。思わず置いて行かれたライラックと自分の姿を重ねてしまったのだ。
(泣くな)
宝はきゅっと唇を噛みめる。せめてみっともなくはなりたくない。
ギアメンツは近くいた神官に馬の用意を頼むと、つぎに結城を呼んだ。
「なに、皇子 さま?」
「すまないがしばらくプラウダについててくれ」
「いいけど。でももう神官長は悪いことしないでしょ?」
「左大臣……」
首を傾げる結城に晶がもうひとつの危険人物の存在を示唆した。
「それもあるが、ロカイが戻ってくるまでは、まだここのものたちにも注意しておいて欲しいんだ。さっきのロカイの口ぶりでは、まだアランジの件ではなにかあるらしいからな」
「うん、わかった」
「城に戻ったら騎士団をプラウダの警備によこす。それまでよろしく頼むよ」
「らっじゃー!」
元気のいい結城にギアメンツはくすっと微笑んだ。
「頼もしいな」
「だれがくる?」
晶の言葉に、ギアメンツが片眉をあげた。
「第一騎士団だ。第二部隊。そうでなければアルリスだ。悪いが晶、ちゃんと確認してくれ」
「うん」
「……晶」
「なに?」
「お前はさっきから目がそわそわしているな。今のうちに好きなだけ神殿を調べてもいいよ。ただし資源の採取については、建造物が壊れない程度にしてくれ」
「うん」
晶が嬉しそうにこくんと頷いた。
宝はひとの顔色ひとつで相手の思わくを読み、手際よく指示をだしていくギアメンツに舌を巻いていた。自分では太刀打ちできないどころか、並んで立つことすらおこがましいと思える。すばらしい皇太子に、宝の胸はちりちりと焦げついていった。
「後で広場につづく水路も見てきてご覧。地球にはない宝石が使われている。もう時間がないからな、好きなだけ地球に持って帰って調べればいい」
「ねぇ、時間がないって?」
結城が首を傾げながらギアメンツに訊いていたが、宝にはその意味はちゃんとわかった。
「さっきここに来たとき、プラウダの部屋の魔法陣がね、もう薄くなっていただろう? この世界と結城たちの世界がつながっていられるのは、もって明日までかな?」
(ちがう。きっと今夜までだ)
プラウダははじめに宝に四日間と云っていた。それならばどんなに長くとも、今夜日付が変わるまえにはこの世界とさようならすることになるはずだ。
今までになんども後悔を重ねてきた宝は、今朝、あれだけ今日の一日を大切に生きると決めていたのに、蓋を開けてみればすっかりこうして臆病風を吹かして、なにもできないでいる。これではイアンとの別離以前の問題だ。
すこしでもイアンの傍に行きたいし彼に触れていたいのに、疚しさで彼を見つめることもできない。それなのに嫉妬だけは一人前で、宝はギアメンツたいして畏怖だけでなく嫌悪すら感じはじめていた。
「そっかぁ、今日が約束の日だもんね。あれが消えちゃうともうあっちとこっちで行ったりきたりできないのかぁ。……みんなとお別れするの寂しいなぁ」
「そうだな、寂しいな。今夜、時間が取れたらいっしょに晩餐を愉しもう。こちらに料理を届けさせるよ」
そのあと彼らが城へ戻るのに、宝はギアメンツに乞われてふたりを見送りに神殿の外まで出てきていた。空は青く晴れ渡り陽射しもとても暖かい。
広い空のところどころではチカチカとなにかがきらめいていたが、それもこの世界独特のものなのだろう。
(あとで晶に教えてあげよう)
そして宝は改めてギアメンツを見た。立派な服を着て胸を張って立つ姿はとても眩 い。王冠も頭にぴったりと納まっていた。
王冠は今朝彼に返した。それまではずっと自分を選んでくれていた王冠が、本物の皇太子のもとに帰っていったとき、宝はすこし寂しい気持ちになってしまった。でもそれもいま、彼の隣に当たりまえのようにイアンがいることに比べると、ささやかなものだ。
太陽の光に照らされて、ギアメンツの冠の宝石がきらりと輝く。眩しさにずらした宝の視線は吸い寄せられるようにして、彼のすぐ後ろを歩くイアンの背中に移った。彼が皇太子に仕 える存在なのだと、改めて身に染み心が痛む。
(これからさき、いつかイアンはギアメンツに好きだと伝えるのかな?)
こんなに近くにいるのなら、いくらでもイアンにはチャンスがあるだろう。
神殿の正面には若い女性に手綱を握られた、茶褐色の馬が二頭待っていた。
「やぁ、アモン。ひさしぶり。馬をありがとう」
女性とギアメンツが挨拶をかわす。
「皇太子、申し訳ないわ。今日はどの子も落ち着きがないの。それでもマシな子たちを連れてきたんだけど、……大丈夫かしら」
彼女の云うとおり馬たちはそわそわとしている。頸 を大きく揺らし、ときにはいなないていた。
「これはひどいな……。ぼくの手に負えるのか?」
「今朝、厩 が荒らされていたのよ。誰かが泊っていったのか、子どもの悪戯かはわからないけど、いい迷惑だわ」
顔を顰めたギアメンツがイアンを振り返った。
「なぁ、イアン乗せ――」
「ギアメンツさまはこちらを」
どういう基準でイアンが選んだのかはわからなかったが、イアンは片方の馬の手綱をギアメンツの手に握らせた。
「本当に、お前はツレないよな」
やんちゃにしていた馬もイアンに首を撫でられているうちに、なつっこく彼に顔を寄せはじめる。簡単そうに馬を手懐けた彼も素敵だった。
「宝、僕はね昔から馬に好かれなくてね。どうせならイアンに乗せてもらいたいんだが……」
「まいりますよ。ギアメンツさま」
イアンはさっさとひとり馬に跨っていた。
「ほら、このとおりなんだよ。イアンはかれこれ五年以上も僕と相乗りしてくれていない」
宝はなんと云って返せばいいのかわからず、あいまいに頷いた。
「ああ。イアンは馬の扱いは上手なんだ。宝は知っていたかい? それとももう乗せてもらったかな?」
「いいえ」
眉を寄せて首を横に振った宝に、彼はくすっと笑った。そして宝の顎を掴むと顔をあげさせる。
「え、なにっ⁉」
「宝。あいかわらず顔色が悪いよ。お前は今夜なにが食べたい? この国のもので気にいったものはあったかい?」
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