「それにしてもお前の耳飾り、いつ見ても派手だよな？　とくにそのキアラの指輪なんて重いだろ？　そのうちそれの重みで耳が千切(ちぎ)れんぞ？」 「そうでもないが……」 　イアンは独立していたチスイ石の嵌めこまれたイヤーカフをひとつタロウにやると、キユイカに指摘されたほうのピアスもはずして手の平のうえで転がしてみた。 　凝った造りの耳飾りには、曾祖母に貰った指輪をとりつけている。 （あれ……？　なんかすこし大きくなってないか？） 　カフとは違ってこのピアスは寝るのに邪魔になるので、就寝の際にははずしている。だが毎晩いちいち指輪をじっくり見ることはしていなかった。 　リングは自然に形を変化させる特殊なシルバーでできていて、必要に応じて変化していく。それでも質量が変わることはないので、リングは少し広がったぶんだけ細くなっているはずだった。 　重さが変わらないので、大きさが少し変わったくらいじゃ、気づくのもむずかしい。 （最後にじっくり見たときは、変わっていなかったよな……？） 　イアンは指輪が知らせる出会いの兆しに、口もとを綻ばせた。 「部隊長。そのキアルの指輪もよかったら俺にっ、いてっ」 「お前は調子に乗りすぎだっ、このやろうっ」 「ぎゃぁぁぁっ」 　第三騎士団第一部隊長の見事な締め技をくらってタロウが悲鳴をあげるのに、イアンは口角をあげた。 「タロウ、残念だがこれはお前にはやれないな、あきらめろ」 　そろそろ訓練の時間だ。イアンは花壇から腰を上げると、広場に響くように指笛を吹いて声を張る。 「よし。休憩は終わりだ。訓練を開始する。みんな並べ！」　 ◇　第一侍従・ロカイ＝シトア　の画策 　　　　　　　　　　　　　　　　　＊ 　 　東宮侍従(じじゅう)のロカイは、この日は朝からずっと窓の外を眺めていた。天気がいいので、眼下には騎士団の訓練を見ることができる。 　いつもならこの時間には本宮にある執務室で仕事をしているのだが、しかし今朝は体調不良を理由に、東宮(とうぐう)にある自分に与えられた部屋のなかにいた。 　目を移した青空には、時折(ときおり)閃光が走り、どこかにあるチスイ石へと吸い込まれていく。 　ちょうどこのジョウアン国の変革期にきていたのだ。 　ここ数年のあいだにウォルト国がひとつの鉱山に手をつけたのも、そしてそこで発掘されたチスイ石をこの国が求めたのも、自然の流れなのだ。 　いずれ生気に満ち溢れた老陽(ろうよう)の王も、雷神の化身のような皇太子・ギアメンツに王位を譲ることになる。その準備として行われた隣国からの輸入で、結果それがはやまることになるとは、理(ことわり)とは不思議なものだ。 　王・セセラギがこの国を出た一週間前から、彼の在位四十年に渡り続いていた朝の雨も降らなくなっている。その半年前からは、雲の合間に雷がみられるようになっていた。 　そして四日前に王は隣国ウォルトへ亡命が成功したという。朝の雨はぴたりとなくなった。 （おそらくセセラギはもう帰っては来ない――） 　ロカイは今日はまだ下ろしたままにしている長い髪をかき上げると、その薄い唇に微笑を浮かべた。 「というよりは、あちらが返しはしないだろうな。あの左大臣は、よもや自分が国に大損害を与えたとは気づいていないだろう」 　彼は王自身が重要な水源のひとつであったことをわかっていなかったのだ。 　これで隣国とのつきあいは、ウォルトからの一方的な鉱物の輸入ではなくセセラギを迎え入れてもらうことによって交易となった。そしてウォルト国はセセラギを受け入れることによって、思いがけず長いあいだこの国を潤していた水源の一部と、農業の技術を手にいれることができたのだ。ぎゃくにジョウアンは大きな痛手を被ることになったが、そう感じるのは自分がまだ若輩だからなのだろうか……。 　ならば皇太子であるギアメンツを信じて、後押ししてみるのもいいだろう。この国の新たな発展に尽力して、結果を見てから答えをだせばいい。この変革が国にとってなにをもたらすのかを――。 （まぁ、俺が失敗なんてさせないけどな） 　王と一緒に彼の侍従(じじゅう)も今はウォルト国だ。これからギアメンツが王位につくとなれば、自分が今以上に忙しくなるのは目に見えていた。しかしロカイにとってはそんなことは、なんということはない。 「いろいろと楽しくなりそうだ」 　口角をあげ、にやりと笑ったところで、部屋にノックがあった。 　入って来たのは待っていた第一騎士団長のアリルスだった。 「ロカイさま、馬車の用意ができました。本当に神殿へのお供は私のところの第二部隊だけでいいのでしょうか？」 「ああ。これ以上望むと、いざというときに第一騎士団の統制がとれないだろう」 　空を飛べない王は陸路で隣国へと向かったのだが、それに随行したのは第一騎士団の有能な副団長と数名の騎士だ。左大臣の手垢のついているかもしれない宮廷騎士団や、ほかの騎士団は使えなかった。そしてアリルスにはこうして左大臣に疑われないように、王宮に留まってもらっている。 「しかし――」 「自分の身は自分で守るつもりだ。それで死んでも文句はない。今から騎士を借りるのも、合流する皇太子(こうたいし)のためだ」 「本当に皇子(おうじ)はもうお帰りで？」 「あぁ。昨夜帰ってきたチャヤの報告もあっただろう？　そろそろ神殿に着いていてもおかしくはない」 　チャヤとはアリルスに借りた第一騎士団の騎士のひとりだ。王をウォルトの宮殿に送り届けたあと、彼は一足早く報告のためにこちらに帰ってきていた。ロカイはふたたび部屋の窓際による。 「それに、空を見ればわかるんだよ」 「空、ですか……？」 　眩しそうに陽(ひ)ののぼる南の空を見上げたアルリスを見たロカイは、彼とはちがう東の空へと視線をやる。 　重なるように発生した雲のなか、またひとつ雷光が閃(ひらめ)いていた。