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第41話
「プラウダ、はやくイアンを助けてあげてよ! なんで見てるだけなの?」
「ええ。もちろん助けるわ。でもね、結城。いろいろと契約があるのよ」
プラウダは宝たちとは反対側からイアンを覗きこんでいた晶に振り返った。
「晶も、彼に触らないで」
止血をしようとしていたらしい晶が、不本意そうに手を引っこめる。
「宝。あなたはあなたのできることをすればいい。そこにちゃんとそのひとを想う気持ちがある? だったらそれでいいの」
そんなことを云われても、宝にはプラウダの云うことを肯定することはできなかった。宝は涙に濡れる顔をあげて彼女を見つめる。
「……あったよ? でもお母さんは死んだ……」
「もう一度云うわよ? あなたはあなたのするべきことだけを考えなさい。結果がどうであろうと、それは神の采配です。それをしっかり受け止めて、それから宝がどう成長しようとするかが大切なのよ。母の死のあと宝はどうかわれたかしら?」
母の死後、宝は自分を駄目な人間だと思った。だから自分はだれにも手を差し伸べてはいけないと。それから、宝はひとの死に纏 わることを極度に怖がるようになった。いろんな責任から逃げるようになった。
「うぅっ、……ひぅ……」
またもやしくしく涙を零しだした宝に、プラウダが困ったわねとでもいうように溜息を吐く。
「仕方がないわね、宝。じゃあ、答えてあげるわ。きっとそれが、私とあなたが出会った業 だったんでしょう」
こんなときなのにくすっと笑ったプラウダは、力ないイアンの手をとった。その手を左の手のなかに押しこまれた宝は、びくっと肩を竦ませる。
イアンの右手はまだ仄 かな温もりを宝に伝えてくれた。彼の手を包む自分の指に、薄紅の石がついた指輪を見つけた宝は、彼を欲する気持ちで切なくなる。
「宝、あなたはね、結果がどうであれ諦めないとこを学ぶべきだったの」
(……諦めないこと?)
「それが答えよ。さぁ正解を知った今、あなたはどうすればいいの? ――宝、あなたが云うべきことはなに? するべきことはなに?」
自分のできること――。
(……本当にできるのだろうか。いや、できたらいい)
宝は祈るような気持ちで叫んだ。
「……助けて。プラウダ、イアンを助けて。誰かイアンを助けて」
イアンの手を両手でぎゅっと握りしめ、そこに祈るようにして額を押しつけた。
「ええ、よろこんで」
プラウダがとてもうれしそうに微笑んだ。
「じゃあ、まずは宝。イアンに刺さっているその短剣を抜いてちょうだい」
一縷 の望みを持ちかけたところに、プラウダにさらっと酷いことを命じられた宝は「ひっ」と息を呑んだ。彼女は宝のほうに向いていた膝を既 にイアンに向けていて、こちらは準備万端よ、とでもいうように宝を見上げている。
「さぁ、はやく」
「む、むり。死んじゃうから」
「あなたのお母さんが亡くなったのは、彼女の問題よ。あなたの責任ではないわ。自分を疑うまえに神を信じなさい」
「でも、ダメ。……こわい‥‥…こわい」
血に手をつけることなんて、自分にはできない。いまだって立ち込めるこの血の匂いだけでも気絶しそうなのだ。それに自分がその短剣に触れると彼が死んでしまうとしか思えない。宝はイアンの手をぎゅっと握ったまま後退 った。
「いいよ、私がやる」
「結城、それは宝がやるの」
イアンの腹のうえの柄に手を伸ばそうとした晶を、プラウダが叱責する。「でもっ」と反発する晶にプラウダは首を横に振った。
「宝。相手を想って最善になるようにしたことに間違いはないの。あなたがお母さんにしたことは正しかったのよ。それを否定して、手足を竦めている限りは同じことがなんども起きるの。なぜならあなたがこのことを克服して前進するために、これは起きているのだから」
このときのプラウダの言葉を宝が理解できたのは、そうとうあとになってからだった。抵抗するまもなく結城に無理やり短剣の柄を握らされた宝は、あとは彼女と晶に、
「早くしないとホントにイアン死んじゃうよ!」
「いいから抜け‼」
と、鬼気迫る勢いで脅かされて、失神しそうになりながらぎゅっと手に力をこめたのだ。そしてそのあとのことは、宝なにもは覚えていない。
*
宝が目を覚ましたのは、ベッドのうえだった。
「起きたのか?」
穏やかな声はイアンのもので、彼は布団からでた宝の手をぎゅっと握ってくれていた。
「イアンっ!」
バサッと布団を跳ねのけた宝は、イアンにしがみついた。彼の頬に自分の頬を擦りつけてその温もりを必死に感じとる。
生きていた! 生きてくれていた‼
繋いでいないほうのイアンの手が宝の反対側の頬を包んでくれ、親指の先で涙を拭ってくれる。
「イアンっ、生きてるっ。イアン、イアン」
「ああ、宝。俺は生きているよ」
「ごめんなさいっ。俺のせいでっ。ごめんなさいっ。イアン痛かったでしょ? 怖い思いをさせてごめんね」
彼の頭に手を繋いでいないほうの片腕をまわし、しっかりと彼の身体を引き寄せて密着させると、宝はなんども謝った。
「ああ、まぁ痛かったな。でもすんだことだ。ほら宝、ちゃんと顔を見せろ」
「ごめんなさいぃぃ」
「あぁあ。ぐずぐずだな」
両手で顔を掬われて、ぴったりとくっつけていた頬を引き剥がされると、すこしでも離れてしまったことが切なくて、宝はイアンの肩を掴んでぐっと引き寄せようとした。しかし鍛えている彼の身体はびくともしない。宝は「イアンーッ」と彼を呼んでぐずる。
落着かない宝とは対照的に余裕そうな彼は、顔を真っ赤にして嗚咽する宝のことを笑った。
(ひどいぃぃ)
自分がこんなにもひっつきたいというのに、あんまりだ。
「う、うぅう……イアン……」
しかし宝が嘆いていると、イスから腰をあげた彼はベッドに乗りあげてきて、宝が楽な体勢で正面からぎゅっと抱きしめてくれる。
「イアン。ごめんなさい。俺がしっかりしていなかったから、イアンがあんな目にあった。俺っ、ほんとに駄目なやつで」
イアンの逞しい首に顔を擦りつける。
「宝はダメじゃない。いいヤツだよ」
「ううんっ。弱いし、意気地なしだしっ」
首を横に振って否定すると、大きな手のひらが頭をぽんぽんとやさしく叩いてくれる。
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