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第43話

 もしかしたらこれで二分していたという神官たちの統制が、取れるようになるのかもしれない。地球人の自分からしてみれば、彼女の手から発する治癒の光をみるだけで、土肝を抜かれてこの世界の神とやらの存在を簡単に信じてしまえる。でもこの世界にはその神の恩恵に気づけないひとたちがいると、彼女は云っていた。いつもそこにあるものにたいして、人間はひどく鈍いのだ。  自分だっていつまでも身体だけではなく精神的にも成長を望むのであれば、そういったことを考えていかなければならない年齢だ。いつまでもぬるま湯に浸かった、子どものままではいられない。  でも今夜だけは難しいことを考えるのはやめて、もっとイアンとこうしてくっついていようと、宝は瞳を閉じる。 「とりあえずは、イアンが長生きしてくれるならそれでいいや……」  さっきからずっと心と身体を甘く疼かせている。なぜならイアンが恋人にするように宝に触れてくるからだ。髪を掻きあげられ、耳を擽られる。こめかみや顎を軽く()まれると、身体の裡の熱量が増していった。 (イアンって、もしかして手がはやいのかな?)  出会った翌日にはキスされて、その日のうちにエッチまでされちゃって……。さっきあれだけの血を流して死にかけていたくせに、いまはもうそんなことをすっかり忘れてしまっているようだ。  宝の服をたくし上げたイアンが、そっと胸のなかに手のひらを忍びこませてきた。 「あ、あの。俺、イアンに謝らないといけないことがあって」  ちょっとでも胸の先っぽに触られると、もうなし崩しになることがわかっている宝は、服のうえからぎゅっと悪戯なイアンの手を摑まえた。 「おれが皇太子のふりなんてしてたから、イアンは一緒に井戸に落ちてくれたんでしょ? あのときは、危ないことをさせてごめん。それに宿でいっしょのベッドで寝てくれた。イアンが皇太子に逆らえないってことにすぐに気づいたんだけど、でも我儘を云ったんだ。……ごめんね」 「あやまらなくていい。いまこうしてお前が生きてここにいるのだから、それでいいんだよ」 「それに、俺、昨夜(ゆうべ)もそれを利用してイアンに俺のこと、さ――」  さすがに具体的な言葉を口にするのは恥ずかしく、俯いて「触らせた」と遠まわしに表現する。 「あのっ、イアンはギアメンツのこと好きだったの? それともいまも本当はギアメンツのことが好き?」  別に自分はイアンがこうしていてくれるのであれば、ギアメンツに似ているからという理由でもいいし、お情けであってもいいのだ。宝はどきどきしながら彼の言葉を待った。しかし、突然宝の手からするっと逃げたイアンの指さきに、乳首をくりっと抓まれてしまう。 「あんっ」  弓なりに上体を反らした宝が反動で後ろに倒れかけると、腰にまわった彼の腕に支えられたる。イアンが左の手をとり、薄紅の石のついた指輪がよく見えるように宝の胸もとに運んだ。 「昨日、俺が抱いたのはこの身体のなかにある魂だよ、宝。この指輪もお前のものだ、ずっと肌身離さず持っていてくれ」 「あっ……っ……え……?」  首筋を咬まれ大きく胸を喘がせた宝は、混乱しながら痺れる身体を丸める。 「この指輪は結婚する相手に渡すつもりだったんだ。だから宝、お前に貰って欲しい」  ちいさくなっている宝の両脇に手を差しこんで、ぐいっと引きあげたイアンはそのまま宝をベットに横たえた。 「いっ、いいの? 俺で?」 「ああ。宝がいいんだよ」   うれしくてじわじわっと浮かんできた涙が零れ落ちそうになったので、宝はうつ伏せになってベッドのシーツに(なす)りつけた。 (いいんだ。俺で……うれしいよぉ) 「この指輪に使われてる金属は、持ち主に合わせてサイズが変わるんだよ。俺はこれを譲り受けたときから、将来の伴侶にやると決めていたからな。ずっと指に着けずにいたんだ」  ふたたびイアンが宝の左手をとる。 「ほら、お前の指にぴったりだったろ? この指輪がちゃんと証明してくれているんだ。お前が俺の伴侶だと」  イアンが自分に覆いかぶさってきた。温もりと重みに安堵と緊張がないまぜになる。 「俺の言葉が信じられないなら、この指輪を信じておけ」 「でも、おれ、今夜でイアンとはお別れだよ?」  背中から抱きしめてくるイアンの存在に甘い吐息を吐きながら、宝は床の魔法陣を眺めた。白いチョークのようなもので描かれた円陣は既に薄くなっていて、ちょっと擦れば簡単に消えてしまいそうだ。いつまでこの魔法の扉は使えるのだろうか。 (これが消えるまえに、プラウダに向こうに送ってもらわないといけないのかな?)  そのときがイアンとの永遠のお別れだ。宝がいなくなっても彼はまた新しく誰かと出会うだろう。その相手とイアンは幸せにならないといけない。 「だから指輪はあとで返すね。でも、もう少しだけここに――」  ぎりぎりまで指に嵌めていたいと思い、彼にお願いしようとした宝の言葉を彼は遮った。 「宝、俺がお前についていってやる。だからそんな悲しげな顔しなくてもいい」 「で、でもっ。イアンにも家族がいるでしょう? 仕事だって……」 「俺が幸せにしていたら、例え会えなくても家族は許してくれるよ。あとは仕事か?」  シーツに顔を埋めたままの宝の髪を梳きながら、イアンが苦笑する。 「ギアメンツが国王になるんだぞ? アイツに仕えるよりもお前を傍で守ってやることのほうが俺には大事だ。ほら、だからもう泣くな」 「こんな俺でもついてきてくれるの? 好きっていってくれるの? 俺、ギアメンツみたいに立派じゃないよ?」 「宿での話を覚えていないのか? 俺はギアのことが好きじゃないと云ったはずだが?」  そう云えばそんなことを云っていた気がする。 「俺とギアは学校がいっしょだったんだよ。俺は昔からあいつのあの性格が癇に触る。宝はあいつの性格がなんともないのか?」 「あのひととは、さっき神殿でしゃべったのがはじめてだよ。だからよくわかんない」 「そうだったのか。……ギアメンツは俺を見つけるとすぐに傍に寄ってくるんだ。なぜだかわかるか? 俺に嫌がらせをするためにだよ。昔から俺を揶揄うのが好きなんだ」  宝はイアンに顎を掴まれて、仰のかされた。おでこをぺろっと舐められキスされる。そこは昼間ギアメンツにキスされたところだった。

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