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第47話 

                      * 「あれ?」  ぱちっと目が覚めると、そこは変わらずベッドのうえで、宝はイアンの膝のうえに抱かれていた。 「宝、どこか痛むところはないか?」 「う、うん……」  甘えて額をイアンの裸の胸に擦りつけながら、なんでこうしているんだろう? と記憶を探る。そこで宝はこの場にイアン以外の人物がいることに気づいた。 「え? ひぇっ!」  イアンといっしょに自分を覗きこんでいたのはプラウダだ。彼女はベッドの傍に置いたイスに座っていた。さっきイアンが座っていたイスだ。  かぁっと顔に血がのぼらせた宝は身体を隠すようにして自分をすっぽり包んでいた布団をぎゅっと顎まで引き上げた。  そしてイアンが上着を軽く羽織っているだけの姿であることに気づき、プラウダから彼の裸の胸を隠すために、そそくさと彼の前身頃(まえみごろ)を引っ張ってあわせる。 「もう大丈夫そうね、宝」 「えっ⁉ えと……。はぁ」  振り返りプラウダに頷きながら、宝はここであったことを思いだそうとする。 (そうだ、イアンとしていたら結城が入ってきたんだ。あいつなんて無粋なやつだ)  こっそりと口を尖らせると、察したらしいイアンが説明してくれた。 「宝があんまり叫ぶもんだから、結城はまたお前が襲われてると思って駆け寄ったんだそうだ」 「あ……あ……あぁ」  そ、それは……もうしわけない。怒りの矛先を失われて、宝にはいたたまれなさだけが残る。 「そのあとことは覚えているのか?」 「そのあと?」  そういえば、晶の銃から光線が飛びだして、天井の石に当たって乱反射した。宝が天井を見あげ、そこに埋め込まれた鉱物を眺めていると、イアンが「覚えているようだな」と呟いた。  部屋中に放射された小さな雷たちは、床の円陣から立ちあがった光の壁に覆われて……、溶けるようにして消えていった。  その壁から逃れるように飛びだした僅かな雷も、追いかけられるようにして飛び出して来た魔法陣の光につぎつぎと飲みこまれていった。床を見れば先ほどの名残のせいか、魔法陣はキラキラと輝いている。  あのとき魔法陣の光は宝に飛んできた雷光には間に合わなかったのだ。それで宝は感電してしまった。ふと火傷したはずの左の薬指を見てみたが、そこはなんともなっていないし、指輪もイアンにつけてもらったときのままだ。 「宝、お前はさっき本当に危なかったんだ」 「えっ⁉ そうなの?」 「結城がすぐに姫巫女を連れてきてくれたからこうして元気でいるけども、彼女がくるまでの間にいちど心臓が止まりかけたんで、俺も晶も焦ったよ」 「うそ……」  自分がこんどこそ死にかけたという嘘のような恐ろしい話を聞いて、宝は顔を蒼くした。イアンが左の手をとり「この指だって千切れかけてたからな」と云いながら、指輪のうえに口づけてくる。 「俺、やっぱりいつかあいつらに殺されるんだ……」 「…………それは、困るな」 「で、あいつらはどこにいったの?」  きょろきょろと見まわしても、この部屋のどこにも彼女たちの姿はなかった。いまさらだが、目を覚ましたときに彼女たちがいたら、宝はいまいるイアンの膝のうえから飛びのいていただろう。 「彼女たちはさっきまでここであなたを心配していたわ。あなたの無事が確認できたので、いまは反省を表すために、イアンにこの場を譲って部屋を出ていっているのよ」  なにも云わないイアンに変わって、プラウダが教えてくれる。つまりは、謝る代わりに宝とイアンをふたりきりにしてくれたということか。 「彼女たちはあなたたちを夕食に誘いにきたの。悪気はなかったのだから許してあげてちょうだい」  プラウダのその言葉はイアンに向けられていた。見ればイアンはむっすりと口を引き結んでいる。そういえば宿に泊まったときも、昨日『泉の湧く神仙の神殿』でキスをする直前にも、彼はこんな顔をしていたな、と思いだす。彼がちょっと怒っているときの顔だ。  プラウダの言葉から察するに、彼はベッドでの行為を邪魔されてずっとこんなふうに不機嫌でいたのだろう。 「宝が無事ならば、どうでもいい」  そう云うとイアンは宝を抱きしめなおしてくれた。 (あれ?)  布団のなかのことなので見えてはいないのだが、宝は素肌に触れた感触から彼が下にもなにも穿いていないことに気づいた。自分の腿に当たっているそれが、ついさっきまで自分のなかにはいっていたのだと、想像してまた顔を赤らめる。 (イアンは堂々としているよな。まぁ、立派なアレだからそうなるか)   でも、若い女性であるプラウダに彼が見初められても困る。 「あの、イアン、ちゃんと服を着て」  しかし次の瞬間には、余計なことを中途半端に云わなければよかったと、宝は大後悔した。 (ひいぃぃぃっ、イ、イアンッ⁉)  宝のお願いを聞いてくれたイアンは、あろうことか、さっと布団から抜けだすと、どこも隠そうともせず裸を曝しながらプラウダのまえに立ったのだ。そしてベッドのうえに散らかっていた、下着やズボンを悠然と身に着けだした。 (ぎゃー、プラウダに見せないでっ。プラウダもイアンを見ないでっ!)  恋人のセクシーな身体をほかのひとに見られたくなくて云ったことなのだが、このふたりにはまったく通じなかったらしい。 「宝、すこし話しをしましょうか」  着替えるイアンを一瞥しただけですぐにこちらに向き直ったプラウダは、狼狽える宝をよそに話しを切りだした。 「宝、今日はイアンを助けるために、よく頑張ったわね。あなたが神の()りかたをわからないと思っていても、ほんとうのところではあなたはちゃんと理解できているの。宝の心がとてもやさしくて慈愛深いのがその証拠よ」  着替え終わったイアンがベットに戻ってきて、布団をかぶったままの自分を膝のうえに抱き寄せた。手まで握って貰えてこれ以上ないほどの安心感に満たされる。  プラウダの存在も偉大で、こうしてふたりに囲まれていると、いま世界でここほど平和な場所はないのではないかと思えてくる。

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