48 / 54

第48話    

  (そう云えば、イアンも俺のこと慈しみがあるって、やさしいって云ってくれた) 「だから結城も晶も、あんなにお前に懐いているのかもしれないな」 「……それは、ちがうと思うけど」  あいつらは俺をおもちゃかなんかだと思っているに違いない。イアンの手を(もてあそ)んでいた宝が口を尖らせると、プラウダが「ふふふふ」と笑った。 「ふたりはね、あなたのことが大好きなのよ。いまはまだ宝のことを必要以上に心配しているけども、そのうちちゃんと距離をとるようになるわ。もうそろそろかしらね」 「そろそろって?」 「宝がこのひとと出会ったからよ」 「イアン?」 「宝はイアンと出会ったとき、なにも気づかなかったかしら? なにか感じたことがあったんじゃない? だってふたりは永い魂の活動のなかで、なんども(つがい)になっているわ。生まれる星が違ってもこうやって巡りあうくらいにはね、とても縁が深いのよ」  そんなことをプラウダに云われると、イアンと一緒にいてもいいと太鼓判を押されたような気持ちになれたし、この先もずっと彼といっしょにいられるのかもしれないと夢みてしまう。 (本当にイアンについて来てもらえるのかもしれない。ついてきてもらってもいいよね?)  宝はイアンの手をぎゅっと握りしめた。祈るような気持ちで彼の胸に顔を埋め瞳を閉じる。それに、彼女の云うことが真実ならば、万が一今夜でお別れになってしまっても、数十年寂しさに耐えれば生まれ変わったあとまた彼に出会えるのだというよろこびを抱いて、これからの人生を歩んでいける。 「いい? 宝、よく聞いてね」  これが本題よと切りだしたプラウダに、宝はイアンの胸から顔を離しすと姿勢を正した。 「宝の魂は地球でなんども転生を繰り返している、とても優れたものなの。本当はもうこの星に生まれてきてもおかしくなかったのよ?」  この星に生まれていたとしたなら、イアンともっとはやくに出会っていたのかもしれないな、と宝は思った。それとも世界が広すぎて会えずに終わったりしたのだろうか。 (あ、そっか。生まれる時期が違えば年だって違うし、どちらかが生まれていない可能性だってあるか……) 「ただあなたは前世で大きな(かるま)を清算したさいに、とても深い傷を心に負ってしまったの。それでもともと傷つきやすかったあなたは、神の水路(すいろ)である役割を手放してしまったのね。それが今生(こんじょう)(あら)たな業としてあなたに残ってしまったのよ」 「業って……?」 「あなたが神の子として、ちゃんとその役割を果たすこと。神の水路として生きることを思いだすという業よ」  神殿の祭壇のまえでプラウダに諭されて、宝は彼女に助けを求めた。イアンに刺さったナイフを握り、自分の手でそれを引き抜いた。  もしこれで彼の命を奪う結果になったとしたら、自分のほうが死んでしまいたいと強く思いながら、あの瞬間、宝は神さまと心の裡で叫んでいた。  あの行為のなかで自分の業が清算されたとでもいうのだろうか? 宝にはよくわからなかった。でもなによりも大切な彼を、自分のすべての気持ちと行動で助けようと思い、それを実行することができた。  宝は顔をあげてイアンの緑の瞳をじっとみつめた。結果として今、彼は宝の手の届くところにこうしていてくれているのだ。 「俺はちゃんと自分の役目を果たせるようにならないといけないってこと?」 「ええ。そのためにあなたはイアンをこちらに残して、もういちど地球に生まれているの。魂の成長を妨げるその業をさっさと清算したがった熱心な魂の持ち主よ、あなたは。ほんとに真面目さんね」  プラウダは残して、という言葉を使った。云い間違いだとは思えなかったので、この世界には自分にはまだまだ理解しえないことがいっぱいあるのだなと思う 「なれるのかな?」  イアンに訊いてみると「できたじゃないか」とこめかみを擦られ、宝はくすぐったさに目を(すが)めた。 「では、宝に祝福を与えます」 「へ? 祝福?」  プラウダが指を組んだのをみて、その厳かな雰囲気に宝は居住まいを正して彼女に向き合うようにしてみた。あっという間にプラウダの手と身体から光が生じて、ふわっと音がしそう感じに膨らんでいく。なんど見ても目を疑うし、とても神秘的な光景だ。 「ギアメンツ、この言葉の意味はわかるでしょう?」  宝は頷いた。この世界に来るときの光のトンネルのなかで、宝は自分が光の粒子とおなじ単位になるような感覚を感じていた。そのときに脳の中身が書き換わるようだ。  きっと日本とここでは言葉も字も違うはずなのに、この国のひとたちと普通に話せるし文字だって読むことができる。だから宝はわかる。  『ギアメンツ』、その言葉の意味は宝石――つまり宝の名まえと同じ意味をもつ言葉だ。  宝が頷くのを確認した彼女が瞳を閉じと、その額にサファイア色の光が生じてみるみるうちに宝石になっていく。宝石の蒼いきらめきと水色の発光に、宝は魅入られた。 「宝の歩く道を塞いでいた小石はとり除かれました。宝の名まえがあらわすように、これから宝はますます自信をもって輝いていきます。とても気高く固く美しく、その輝きは周囲を明るく照らすことでしょう」  彼女が組んだ指を解くと彼女を取り巻いた輝きも額の宝石も、すぅっと消えていった。 「おしまい?」 「ええ。――では、私はお(いとま)するわ。もう夜のお祈りの時間なのよ」 「うん。プラウダありがとう。……あの、プラウダ」  宝はイスから立ちあがったプラウダを呼び止めた。彼女には大切なことを訊いておかねばならない。 「あの、俺たち……、えっと……」  今夜、自分たちは彼女にもとの世界に戻してもらわないといけないのではないのだろうか? それともこのままなにもしないでいても、時間がきたら宝は結城たちといっしょに自然にあちらに返されるのだろうか。

ともだちにシェアしよう!