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第49話

  (そうしたら、イアンと離れ離れになってしまう)  宝の瞳に涙が浮かんだ。 「宝?」  突然涙をぼろりと零した宝に、イアンが慌てて宝の名まえを呼んだ。 「ああ、そうね。お腹が空いたならふたりで食堂を使ってちょうだい。係がいるからいつでも食べさせてもらえるわ。お風呂なら回廊の奥の扉をでると、外に浴場施設があるので、そこを――」  すらすらと神殿内の案内をしてくれるプラウダに、宝はぷるぷると首をふった。 (そうじゃなくって――) 「ああ。休むのなら今夜はふたりでこの部屋を使ってちょうだい……」  プラウダはきょろっとベッドのありさまを確認すると、一瞬眉を寄せて、それから部屋の隅にある家具を指さした。 「あそこの一番下の引き出しに清潔なシーツがはいってっているわ。浴衣がいるのなら、浴場かランドリー室の隣で……、宝?」 (そ、それも俺が訊きたいことじゃなくって……くぅ……)  訊きたいことはこのあと自分たちがどうなるかであったのに、プラウダにイアンとふたりで眠るベッドの心配をされてしまった宝は、二の句がつけずに羞恥に身悶えた。 「どうしたの? そんな真っ赤な顔で泣きながらプルプルしているだけじゃ、私にはわからないわ」 (嘘だ……っ)  しかもこのタイミングで自分の頭のあちこちに口づけてくるイアンに、さすがに彼の顔を押しのけてしまいたくなる。 「…………あの、プラウダ、今日で約束の四日目だろ? 俺たち、今夜自分の世界に戻るんじゃないの?」  宝が質問すると、プラウダは「ああ」と手を打った。 「ふふふふ。そういえば宝はずっとそれを心配していたわね。やっぱりはやく帰りたい?」 「う、ううん」  宝は首を横に振った。ここにきた三日前にはすぐ家に帰りたいと思っていたが、イアンに出会ってからはそうとも云えなくなっていた。  たとえイアンが自分といっしょに来てくれたとしても、プラウダやロカイたちと会えなくなるのも残念だ。 「でも、お父さんや妹がいるから、俺は自分の世界に帰らないといけないの」  宝が真剣な顔でそう云うと、プラウダは軽く肩を竦めてみせた。 「そんなこともないのだけれども……、まぁいいわ」  彼女が困った子ねぇといった顔をして「ほら、宝」と、指さしたのは床に描いてあった魔法陣だ。 「見てごらんなさい。魔法陣はこの通り描いた三日前よりも強固になってしまったの」 「へ?」  確かにさっきからずっと床に記された円陣はきらきらと輝きつづけている。 「『神仙の泉の湧く神殿』でもだけど、晶の作った銃のエネルギーはすごいわね。すっかり力を吸収してしまっていて、このぶんじゃこの魔法陣は向こう一世紀は晶の部屋と繋がったままよ」 「確かにひとをひとり殺しかけたくらいだものな」  そう云ってイアンはまたぎゅっと、その殺されかけたという宝を抱きしめてきた。  そういえばあのナイフの男も、あっちの神殿で晶の銃を食らったときには這う這うの体で逃げていった。ではイアンはどうして平気だったのかと首を捻ると、イアンが彼のピアスを見せながら、その答えを教えてくれる。  イアンの左耳についている緑色のピアスはきらきらと光りを放っていた。 「俺は、ここにエネルギーを吸収するチスイ石をつけているから『泉の湧く神仙の神殿』のときもさっきも平気だったんだよ。多少はビリビリしたけど、怪我をするほどではない」 「そうなんだ、イアンが無事でよかった」  期待に胸が膨らむ宝は、とびきりの笑顔になってイアンに抱きついた。そしてわくわくしながらプラウダを見る。 「じゃあ、じゃあ、プラウダ! あっちの世界とこっちの世界って、これからも行ったり来たりできるってこと!?」  彼女の返事をまつ胸が期待に高鳴っている。 「そうね。いつでも利用できるから、たくさん遊びにきてちょうだいね」 「やった!」  願いどおりの言葉が笑顔の彼女から返されたとき、宝はうれしすぎてイアンをベッドに押し倒すと転げまわってしまった。                  *  翌朝、宝はイアンといっしょにプラウダの部屋で目を覚ました。  いっしょに神殿の食堂で遅めの朝ごはんを食べたあと、プラウダからの言伝をもらったふたりは神殿で馬を借りて王宮にやってきた。  ギアメンツに聞いていたとおり、イアンに乗せてもらった馬の乗り心地はとてもよく、ちょっと疲れ気味の宝の腰をいいぐあいにリラックスさせてくれた。  王宮の門をくぐると、そこにはライラックがいた。イアンは神殿の馬に乗ったままで器用にライラックの手綱をとると、馬厩に移動した。  連れてこられた厩は騎士団専用のものだそうで、近くにはイアンの勤める第三騎士団の騎士舎があり、そこには昼休憩中の同僚たちはいた。神殿の馬を預けたあとイアンが彼らと話をするのを宝は彼の隣で見ていた。  イアンには部下もいたようで、彼を慕ってくる騎士たちと挨拶を交わしたりしているうちに時間はあっという間にたってしまい、宝たちがギアメンツの部屋に到着したときには昼を過ぎていた。  壁や柱どれにおいてもすべてにうつくしい装飾が施されている王宮の、東宮にあるギアメンツの居間もたいへんすばらしいものだった。あまりにも場違いなところにきてしまったと感じた宝は、皇太子じきじきに出迎えられて椅子を勧められたときには、怖気づいてしままったほどだ。  席にはプラウダもついていた。いつものような清白な雰囲気があるワンピースとはちがい、今日はお姫様仕様のドレスを着ている。彼女は宝と顔をあわすと、「昨夜はゆっくり眠れたかしら?」と声を掛けてくれた。  プラウダにはイアンとことをすっかり知られているので、羞恥に俯いた宝はちいさな声で「はい」とだけ答えておいた。  プラウダは朝のお祈りを終えたあと、結城と晶をともなって馬車で兄のもとにやってきたのだと云った。その途中、街の中央にある噴水付近でライラックを見つけて、結城が城まで乗って連れて来たそうだ。それで門のまえに放置だとは、いかにも結城らしい。 「あのライラックを乗りこなせるとは、あの子はすごいね」  席についたギアメンツが、感心して云う。彼と自分はまったく同じ顔をしているので、彼が正面に座っていると、まるで鏡を見ているようだった。違和感が半端ない。 「あの。ふたりはいまどこにいるんですか?」 「結城も晶も王宮を探検中だよ。お腹をすかせたら勝手にここに来るだろう。それまでぼくたちは軽くお茶をしてよう」  

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