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1章3話

お前は神童だと、誰もが言う。 公演を成功させるたび、周囲の期待は高くなっていく。誰かにもういいよと止めて欲しかった。だって彼は演じているわけではない。演技に狂っていた彼は、演技を演技だと思わなかった。全てが本物だったのだ。 だが、それは儚く危うい洗脳だ。彼は、覚えの無い演技への賞賛に違和感を感じてしまった。 舞台上で、自分は演技をしているのだと気付いてしまった。 (次の、言葉……) みんなの視線が集まっていた。考えているのに、何を考えているのか自分でもわからない。時間だけがすすむ。この景色を忘れることはないだろう。 ______彼は、になってしまったのだ。 ―――――――――――― ぱん、とそれまで指揮をとっていた先輩と思わしき人物が手を叩いた。 「よし、じゃあこれで自己紹介終わり!基礎練からやっていこうか!」 ____正直、やらかしてしまった。何も聞いてない。 自分は人見知りの自覚はあったが、まさか自己紹介ですら頭が真っ白になるとは。そのあとの話が何も入ってこなかった。その前の話も完全に忘れてしまった。 自分が喋っている間、好奇の目で見られていた自覚はある。だが現在和やかな雰囲気であるにも関わらず誰も寄ってこない辺りを見ると、よほど自分は近寄り難く映っているのだろう。ここには十数名の人物がいるのに、話しかける勇気もない。腹筋とかペアでするはずなのにどうしようと、よく人数を数えたら奇数だった。これは、一人余るやつだ。世界は人見知りに優しくない。変なプライドが湧き上がって、別に気にしてませんけど、といったようにすまし顔で柔軟を始めようとしたとき、声をかけられた。 「北斗くん、隣いい?」 胸が急に温かくなった。葵だ。にこにこと声掛けやすい雰囲気を纏っていたせいか、先程まで多くの人物に囲まれていたはずなのに、ここに来た。 「なんでお前、ここに……。」 「北斗くんとやりたいっておもったから。部長さんに3人でやってもいいか聞いて許可もらったから、3人でやろう?」 葵の奥に、同時にやってきたと思われるモブ顔の男がいた。なんだ、三人かと少し残念に思ってしまう。確か、葵に執拗に声を掛けていた奴だ。 「……よろしく。」 あまり目を合わせてこない。どうされたんですか、とそいつの肩を葵が小突いた。 「北斗くん、この人は二年の紫月(しつき)先輩。昨日俺と北斗くんが一緒に帰ってるところ見かけて、北斗くんと話したかったんだって。」 先輩だったのかと衝撃を受けつつ、タメ口を使ってしまったと後悔した。だが紫月先輩も人見知りなのか、小さく「はい」と呟いてから頷いたのみで、それ以降も話をしなかった。なんだか不気味さすら感じるほどに目が合わなかった。 (本当に俺目当てなのか……?) 葵には未だ和やかに話しかけている紫月先輩にもやもやとした気持ちが芽生える。その都度葵は俺も交えて話そうとしてくれるが、俺が話しかけようとした途端紫月先輩は他所を向いてしまう。ここは男子校だし、ひょっとしたら女顔の葵にそういった感情を向けているのではないか__そんな考えが浮かんだ。 柔軟と筋トレが終わり、外に出て発生練習をすると移動が始まったためひっそりと葵にそれとなくその考えを告げる。 「紫月先輩が俺を?」 「そう。なんか、思い当たる節とかないの。」 「えー、特には……。そうだったら光栄だけど、考えすぎだと思うよ?」 そういって笑う葵に不安を覚える。こいつはたとえ好意向けられていたとしても気付かなさそう。そのあと、紫月先輩は一切こちらに関わってこなかった。こちらに視線を感じることは度々あっても、目が合うことはない。拭いきれない気味の悪さに、北斗はただ葵のことを心配した。

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