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1章4話

即興劇(エチュード)。役者がアドリブを用いてその場で展開を作っていく基礎練。どうやらこの高校では即興劇をアレンジしたもので練習することが多いらしく、先輩が軽く手本を見せた。正直、見れるが上手くはない。だが、隣でずっと葵は楽しそうにしている。部長がちらりと俺を見たあと、少し悩んだように指名する。 「じゃあ次は……南波と……東雲(しののめ)。同じクラスらしいな。やってみろ。」 ……避けられた。 葵がはい!と元気よく立ち上がった。対して、葵と同じクラスだという東雲も少しゆったりとした態度で立ち上がる。東雲は身長が高くてやたら見た目がいい。一度目にしたら二度と忘れることはないだろう。対して葵は愛らしいが小柄で、舞台映えはしなさそうなところである。だが、先程の基礎練で葵はかなり印象深かった。体力はあったのだろう。筋トレや柔軟は軽くこなし、発声練習においても序盤は慣れないようで詰まっていたが、器用なのか真面目なのか、何度も繰り返し一日目だというのにかなり綺麗に声を出せるようになっていた。 「じゃあ東雲の役を、木村。」 「ナルシストな連続殺人犯」 「南波の役を、紫月。」 「東雲くんが殺人犯でしょ?じゃあ、刑事……東雲くんに愛する人を刺された刑事!」 随分饒舌に喋ってるじゃないか、とぎょっとする。紫月先輩は、俺と関わってる時とは打って変わって他の人とは明るく話すようだった。 「じゃあ場面を、田中!」 「大体紫月が決めちゃってんじゃんか!えーっ、じゃあここは崖で、犯人追い詰めたと思ったけど自分の憎しみみたいなのを言い当てられる場面!」 「よし、じゃあ5分測るぞ。まあ時間はあんまり気にしなくていい。場合によっては人追加していくからな。」 カチッとタイマーの音が鳴った。葵は少し混乱したようだが、すぐにスイッチが入ったらしい。 『ついに追い詰めたぞ。もうお前に逃げ場はない。』 上手いわけではない。たどたどしい。だが、想像力が高いのだろうか。しっかりと役にはなりきれている。問題は東雲の方だった。 (せめてなんか言えよ……。) 戸惑ったように一向に言葉を発しない。それならそれで受け取る側の演技をすればいいものを、きょろきょろと周りを見渡している。 『……なんだお前は。何を探してる……!逃げられると思ったら間違いだぞ』 『……人……?を……』 葵が東雲の行動に救いを述べるも、東雲はぼそぼそと小さい声で何かを呟くばかりだ。喋るたびに自信を無くしていく。おそらく、しっかり台本を渡される方が気が楽なタイプだ。咄嗟にキャラを察知するのは苦手なのだろう。わからなくはないが、何度も健気に答えやすいパスを出そうとする葵に対し、葵を見ようとせずただ周りに助けを求める様子が鼻についた。部長が少し困ったように追加で人を選ぶ。結局、先輩が数人入って蛇足に蛇足を重ね、5分のタイマーに助けられる形で終わった。すとんと葵が隣に座る。そして真剣な表情で先輩の評価を聞いていた。休憩となってお疲れ様、と声をかけるとふにゃっと笑顔になる。 「ありがと!楽しかったあ。東雲もお疲れ様!」 葵の屈託のない笑顔に気まずそうに東雲が目を背けた。足を引っ張った自覚があるのだろう。周囲の人間と息を合わせ演出家の意図を汲む。演者は何気にコミュニケーションが大切だ。 「……お前さ、せめて会話しろよ。」 アドバイスのつもりで発したつもりが、強い言葉となる。東雲が少し驚いたように息を呑んで、葵に向かって小さく謝った。 「あはは!俺こそ変なパス回してたよね。ごめんな!緊張したね」 次からも頑張ろうな、と東雲の背中を叩く。葵が謝る理由がわからない。なぜ葵が気を使わなければいけないのかもわからない。もやもやとした気持ちを抱えていると、ひっそりと葵が声を掛ける。 「北斗くん、ありがとね。返事ないのちょっと寂しかったから、嬉しかった。」 そう言って先輩にアドバイスもらってくる、と去っていこうとする。どうしてかその言葉に距離を感じて思わずその手を掴んだ。 「北斗くん?」 驚いたように目を見開いている葵を見て自分の行動を振り返る。 「……わるい。」 「なんかあった?」 「いや、つい」 「そう?あ、今日一緒に帰ろうね!」 今度こそにこにこと手を振って先輩にアドバイスを求めに行く。その様子を見てから、自分の気持ち悪さに気付いてしまった。 (勝手に自分が一番仲良いって思い込んで、他の人と同じ対応されたのが悔しくなってって、気持ち悪……)

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