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1章6話

言葉の意図を汲み取るのは得意な方だと思う。ただ、毎度どう対処したらいいのかわからない。 演劇部部室、みんなで円になり昨日まで楽しげだったその場には今、重たい空気が流れている。 数分前のことだ。体柔軟と筋トレ、発声練習も終わりさあ即興劇をしましょうという流れになった。今日の即興劇はイエスアンド。前回はざっくりと何も意識せずやらせるために特に縛りのない即興劇だったのだが、今回は即興劇の基本精神を学ぶため、『相手の言葉を決して否定せず受け入れてさらに言葉を付け加える』という条件の即興劇を行うことになった。前回同様、先輩が手本を見せ指名された一年が実践する。もともと一年生は五人しか入部していない。前回即興劇をやっていない一年生は三人。当たり前のようにその三人が指名される。赤石北斗が指名されたのだ。鈍い俺でもわかった。周囲の期待がこもった視線が隣の北斗くんに集まっている。 (北斗くんて、人前で演技できないって……) ちらりと隣に視線を移すと、北斗くんは何食わぬ顔をしていた。みんなが彼の言葉を待っている。隣にいる俺だけが気付いただろう。堂々としている風に見せて、その額には、うっすらと汗が浮かんでいた。 「北斗く……」 「俺、安売りしないんで」 お節介かもしれないが助け舟を出そうと口を開いたとき、北斗くんがそんなことを言い出した。俺はわかる。北斗くんはわりと人見知りだ。多分、今焦って動揺して出てしまった言葉だと。だが周囲の空気は物音ひとつせず、突然重力が強くなったようであった。とんでもない空気が流れる。 (どうしよう、どうしたらいいんだろう) このままでは北斗くんが誤解される。何かフォローを入れなければ。というか素直にできないって言えばいいのに不器用で可愛いな。ってそうじゃなくて。と数秒の間に自分もパニックに陥ってしまう。 「あーえ、っと、北斗くん緊張しいなんですよ!またの楽しみにしましょう?俺やりたいんでやっていいですか!」 少しわざとらしかったかもしれないが、困ったような笑い声や応援が次第にされた。なんとか空気が緩和された。と思う。なぜか自分のことのように緊張した。いやいや、演技に集中しなくては。なんて頭を振って切り替える。即興劇も終わって休憩となり、北斗くんが落ち込んだように謝ってきた。 「……ごめん、ありがとう」 「うーん……、俺はいいんだけど、あれはダメだよ。みんなに__せめて顧問の先生と部長さんにだけでも、事情は話しておこうね」 北斗くんが素直に頷いた。なんというか、北斗くんはカリスマ的な印象がある。部内でも紫月先輩筆頭にファンがいるようだし、近付きにくいと思われやすい。だけど実際に関わると普通の不器用な高校生であるなと感じる節が多い。間違いなんていくらでもあるだろう。これで、みんなで仲良くなれたらいいのだが。 そんな願いを知ってか知らずか、副部長の先輩が北斗くんが水を取りにいったタイミングで話しかけてくる。 「あいつうざくないか?よくお前一緒にいるな」 強く肩を引き寄せられ、思わず顔を顰めた。なぜ俺に北斗くんのことを悪く言いに来たのか。しかし、ここで先輩に強く当たってしまっては北斗くんの誤解を解くチャンスは減るだろうか。とりあえず気分を害さない程度に訂正しようと口を開こうとしたとき、声がかけられた。 「先輩、セクハラっすよ」 東雲(つばさ)、同じクラスで前回一緒に即興劇をした180近い高身長の美青年だ。東雲の身長と綺麗な顔立ちから、彼が見下ろすとかなり迫力が出る。先輩がパクパクと何か言葉にならないまま言おうとして諦め、去っていった。 「平気?」 「大丈夫。ありがとう……?セクハラではないと思うけど」 そっか、と頭を撫でられた。同じクラスということもあり北斗くんのいないときにはよく一緒にいるが、彼と俺の身長差からかやたらと子供扱いされている時がある気がする。不満ではないが、少し気恥ずかしいのでやめてほしい。東雲が何か言いたそうに俺を見る。どうした?と返す前に、ぐっと服の後ろ襟を掴まれて後ろに重心がずれる。 「わっ、え?!なにどうしたの?」 「いや別に?」 すっと背後に立っていたらしい北斗くんに肩を支えられ転倒はしなかったものの、考えてみたら北斗くんが襟を掴んだ張本人だった。そもそも水を取りに行っただけだから帰ってくるのが早いのは当たり前だ。先程の先輩の会話が終わってからでよかったと胸を撫で下ろした。絶対傷付く。東雲に感謝でしかない。 そう思い東雲を見やると、ばつが悪そうに頭を掻いていた。そういえば話の途中だった。申し訳ない。だが、少し不機嫌そうに口を尖らせる北斗くんも気にかかる。最初に口を開いたのは東雲だった。 「じゃあ、行くな」 「うん……。後で電話しよう?」 絶対何か言いたそうにしていたし、ここで立ち去るあたり二人で話したいのだろうと汲んでの提案だったのだが、想像以上に背後の北斗くんが反応した。 「へぇ、電話」 謎に肩に置かれている手から圧を感じた。東雲の何かが気に食わないのだろうか。こんな数日で仲悪くなることってあるのか。少し衝撃を受けながらも、とりあえずは話を聞かないと始まらないからと主張は変えず“電話しような!”と東雲に再度告げる。東雲は吹き出し、少し笑ってから“待ってる”と言い残し去っていく。その返答を聞いて、背後の頬を膨らましている彼に視線をやる。 「で、どうしたの?なんで拗ねてるの」 肩に置かれていた手が前に伸びた。必然的に後ろから抱き締めるような形になる。少しこちらに体重を預けていることから、疲れてしまったのだろうか。まあ大抵の動物は4足歩行だ。2足で立つのはしんどいよな……。なんてされるがままに何も気にせずにいると、囁くように小さな声が耳元に当てられた。 「……別に。」 ____絶対に嘘じゃんか。

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