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第3話
もっとも重要なのは、スピネルが死なない未来を迎えること。次に大事なのが彼の心の安寧。だからスピネルの破滅の原因になるヒロインは、絶対に近づけるわけにいかない。婚約だって邪魔するつもりでいる。
足繁くオズワルド邸に通い、スピネルだけでなく公爵や公爵夫人とも仲良くなったぼくは、夫人の健康状態も常に気にかけていた。夫人が亡くなった原因が不健康にあったのを知っていたので、部屋の中にいることの多い夫人をスピネルと一緒に日光浴に連れ出したり、栄養が多くて夫人が好みそうなものを手土産にしたりと、ささやかながらできることを積み重ねていく。流行りそうな病にはアンテナを張って、特に警戒した。
「最近の母様は、以前よりも生き生きされている気がするんだ」
「たしかに、笑顔が増えられたね」
「うん。父様もいい変化だってよろこんでらした」
これまでのことが実を結んだのかはわからない。だけど十一歳を迎えた現在、公爵夫人は健やかに過ごされている。しかもあと三月もすればスピネルの弟か妹が生まれてくる予定だ。スピネルの兄弟なんだから、どちらにしてもかわいらしい子に違いないとぼくもわくわくしている。
まだ完全に安心はできないけど、ひとまず夫人が亡くなることは回避できたと思う。となると次に気になるのはヒロインの存在だ。漫画のスピネルは、母親が亡くなったあとに婚約を結んでいる。でも公爵夫人は生きているので、今のスピネルがヒロインに惹かれるかはわからない。
それから程なくしてヒロインがオズワルド邸を訪れるという情報を掴んだぼくは、家を飛びだした。先回りできたおかげでヒロインがつく前にスピネルに会うことができたけど、勢いで来たため特に策があるわけではない。
「スピネル!」
「いらっしゃい、アスター」
馬車を降りるとすぐにスピネルが出迎えてくれた。大好きなスピネルの姿を見つけて、パッと気分が明るくなる。ぼくはスピネルに駆け寄ると飛びついた。にこにこと嬉しそうにぼくを受けとめてくれたスピネルは、次にはしゅんと顔を曇らせる。
「せっかく来てくれたのにごめんね。今日はこのあとすぐお客様がいらっしゃることになってるから、一緒に遊べないんだ」
「そうなんだ……」
むしろそれを承知できたのだけど、なにも知らぬ風を装って残念そうにする。そうこうしている間にヒロインが乗っているのだろう伯爵家の馬車が到着した。
伯爵の手を借りて降りてきた幼いヒロインの姿に一気に緊張する。腰まである桃色の髪に、ぱっちりとした空色の瞳。たっぷりとフリルがあしらわれた淡い黄色のドレスを着た彼女は、まるでお人形のように可憐だった。かわいらしいヒロインの姿を認めたぼくは、すぐさまスピネルの反応を窺う。
「あの家紋はゴーント伯爵家? ということは、今出てこられたかわいらしい方はモナ嬢かな」
「多分」
スピネルの目に温度はなく、特に彼女に興味をもった様子はない。だけどこのまま二人が顔を合わせて言葉を交わせばまた変わる可能性がある。不安になったぼくはスピネルの服をぎゅっと握りしめた。
「あの、スピネル」
「うん?」
「ぼくがこんなこというのはおかしいかもしれないけど、モナ嬢のことを好きにならないでほしい」
「……それってどういう意味? もしかしてアスターはあの子のことを気に入ったの」
「ぼっ、ぼくじゃなくて。スピネルが彼女と仲良くなってしまわないかが心配なんだ」
どこか気分を害したようなそぶりをみせられて、慌てて気持ちを話す。するとスピネルの強ばっていた表情が解かれ、ぎゅっと手を握られた。
「大丈夫だよ。あの子を好きになるなんて絶対にないから」
「本当に? 絶対だよ。絶対」
「うん。約束する」
欲しかった言葉をもらって心底安堵したぼくは、ようやく家に帰る気持ちになれる。スピネルがないと言うのならないのだろう。けどこの先漫画の展開どおりに進まないという確証もなく、ここで安心しきることもできなかった。
これからも気を抜かずにスピネルを守らなければ。
覚悟を決めたぼくだったけど、それから少し経った頃、スピネルからモナ嬢との婚約の話があったけど断ったと教えられた。ついでに公爵夫妻に抗議して二度と婚約の話を持ってこないよう説得したらしい。
ヒロインとの婚約が成立しなかったのはすごく嬉しいけど、他の婚約の話まで全部なくしてしまって大丈夫なんだろうか? 公爵夫妻がどうしてそのことに納得できたのかも不明である。だけどスピネルが誰かと婚約すると考えるとなんだかモヤモヤしてしまうので、それ以上はなにも考えないことにした。なんにしてもこれは公爵家の問題で、ぼくが心配するようなことではない。
それから僕たちは漫画の舞台にもなる王立学園に入学した。原作どおり、ヒロインは物語のヒーローである王子と出会いを果たし、いい雰囲気になっている。スピネルもそんな二人の関係には関心をしめさないまま、平和な学園生活を過ごした。
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