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第4話

 予想外のことが起こった。密かに動向を見守っていたヒロインと王子が、学園を卒業するのと同時に別れてしまったのだ。  もしかしたら彼女たちの障害となる悪役の存在は、絆を深めるために必要不可欠だったのかもしれない。だけどそんなことのためにスピネルが命を懸けるなんて、馬鹿げている。 「アスター……アスター。こんなときに考えごと?」  物思いに耽っていたぼくは呼びかけに我に帰る。ベッドに仰向けに寝転がっているぼくと、それに覆い被さる絶世の美男子――もといスピネル。彼は出会ったときよりもさらに美貌に磨きがかかっていた。あんなにかわいらしかったのに、今ではかっこいいという言葉の方がしっくりくる。そしてこの姿はまさに恋ロンに出てくるスピネルそのものだった。  ただ漫画のスピネルよりも現実のスピネルの方がずっといい。瞳は澄んだまま、孤独に囚われてもない。じいっと下からスピネルを見上げて、頬に触れる。すると目の前の顔がやわらかく緩む。  そういえばなんでこんな体勢になっているんだっけ? 今日はスピネルとの読書会で公爵家に泊まりにきてるんだけど、風呂も食事も済ませ、さあ寝ようかとなったところでこの状況。もしかしてじゃれられてるとか?  首を捻っていると、そんなぼくの心を見透かしたのかスピネルが口を開く。 「卒業もしたし、僕としてはこれからいっそうアスターとの関係を深めていきたいと思ってるんだけど」 「深める……? 寝技の練習台にでもされるのかと思った」 「まさか。僕がきみをそんなことに使うはずがないよ。本気なんだ」 「え。ほ、ほんきなの?」  練習じゃなくて、本気で技をかけるつもりだってこと? 言うまでもなく、漫画で王子と互角にやりあっていたスピネルはハイスペックの持ち主だ。剣術も、弓術も、格闘術の授業の成績だって優秀だった。そんな彼に本気なんて出されたら、凡人のぼくは死んでしまうかもしれない。 「ス、スピネルも知ってると思うけど、ぼく痛いのは苦手なんだ」 「うん。だからなるべくアスターが痛くないようにするつもり」  さすがに痛くないようにってのは難しいんじゃないか!? 止めるという選択肢はないのかと自分の身を守るように抱きしめていると、スピネルがなぜか服を脱ぎはじめた。露になる引き締まった上半身にうっかり目が釘づけになる。 「えっ、えっ?」  直視はまずいかと思いなおし、顔を覆う指の隙間からこっそり覗き見ていると、スピネルと目が合う。これから技をかけようとしている人間にしては、とんでもなく色っぽい目つきに心臓が跳びはねる。赤面していると、スピネルの手がぼくの服にかかった。ぼくも脱ぐの? なぜ服を脱ぐ必要が……?  スピネルの意図がわからずされるがままになる。すぐ目の前にはスピネルの素肌があって、彼が動く度にほのかにさわやかな香りがした。なんだかとてもいけないことをしている気分になる。  気がつくと鼻血を流していた。シーツを汚しそうで慌てて首を反らすと、気づいたスピネルがハンカチで押さえてくれる。初めはびっくりしている姿がかわいかったスピネルも、十数年たった今では随分慣れたものだ。 「ありがと」 「アスターは昔から変わらないね」 「んむ。すぴねるはちょっと変わりすぎだとおもう」 「そうかな。アスター、このまま鼻を押さえててくれる?」 「うん」  大人しく言われたとおりにしていると、スピネルがぼくの腕から袖を抜いた。背中に直接シーツの感触がする。上から静かに見下ろしてくるスピネルの視線が熱を孕んでいる気がして、逃げるように顔を背けた。首もとにぬるい感触がしたのはそのすぐ後だ。 「っ!?」  驚いて首の位置を元に戻すと、スピネルの手が汚れたハンカチをサイドテーブルに放り、ぼくの手をシーツに縫いとめる。驚きすぎて言葉を失っているあいだもスピネルの唇は肌のうえを滑っていた。  え。 「スピ……スピネル? なに、してるんだ」  心臓が激しく胸を打ち鳴らしている。ドクドクと響く音を聞きながらおそるおそる口を開くと、顔をあげたスピネルに不思議そうに首を傾げられる。 「セックスだよ」  その言葉を聞いたあと、しばらく思考が停止した。セックス……? ぼくとスピネルが? なんで? 急展開すぎて頭がついていかない。ぼんやりしているとふたたびスピネルに肌を吸われる。わずかな痛みとこそばゆさに身を竦めたら、今度は唇を塞がれた。 「んう」  キスしてる。スピネルと。クッションに頭を埋めながら奪われるように何度も口づけられた。舌先を吸われ、粘膜同士を擦り合わせられる。自分たちのあいだから濡れた音がするのが恥ずかしくて堪らない。口の中がこんなに気持ちよくなることを初めて知った。  唇がふやけるんじゃないかってくらいたくさんキスをしたあと、スピネルの唇が離れる。息を弾ませながら呆然と見上げていると、にこりと微笑まれて触れるだけの口づけを与えられた。  まるで恋人同士のようだ。そう考えて、かあっと体が熱くなった。

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