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第5話

「……っんん」  汗の滲む額をクッションに押しつけ、息を逃がした。ひどく熱いものがじりじりと内部へ押し入ってくる衝撃を、シーツに爪を食いこませながらやりすごす。まるで猫が背伸びをするような体勢でぼくはスピネルを受け入れていた。  ぼくたちは今、セックスをしている。 「大丈夫? いたむ?」  背後から掠れた声に尋ねられて、ぼくは否定のために首を振った。こうやって繋がるまでにずいぶん丁寧に解されたせいか、痛みという痛みは感じない。ただ圧迫感と慣れない異物感があって、それが少し苦しくはある。  ぎゅうっと目をつぶって耐えていると、シーツを掴んでいた手に重なるようにスピネルの手が乗せられた。 「アスター……全部入ったよ」 「あっ」  スピネルのものがしっかりと埋めこまれた状態でゆすりと揺らされて、口から自分のものとは思えない声がとびだす。そのままゆっくりと腰を使われると、腰から下にじんじんと甘い痺れが広がった。 「ふ、あ……あっ」 「さっき見つけたアスターの気持ちいいところ、ここであってる?」 「……や。スピネル、っそこは」  指で中を解されたときに初めて知った場所。そこを狙うように刺激されて、下半身が蕩ける。たっぷりと塗りこまれた潤滑油がスピネルが前後するたびに濡れた音をたてるのも、恥ずかしくて目眩がした。  腰を掴まえる手の温度も、内部を行き来する灼熱も。スピネルの全部がぼくをおかしくする。こんないやらしいスピネルは知らない。口を開くたびに熱のこもった吐息と耳を塞ぎたくなるような声がこぼれて、ぼくはクッションを噛んだ。  与えられる快感に喉がひくつき、そんなつもりはないのに後ろを締めつけてスピネルの存在を強く感じとる。 「アスター。今どんな顔してる……? 顔見たいな……見せて」  切羽詰まった様子のスピネルに繋がったまま体を反転させられて、中がぐるりとかき混ぜられた。予想外の行動になんの心の準備もできなかったぼくは、強烈な快感にびくりと体を揺らす。  こんなどうしようもない状態を正面からじっくりと見下ろされて体温が急上昇する。視界が、生理的な涙で滲む。 「は、恥ずかしいから」  あまり見ないでほしいと口にする前に唇を塞がれて、また律動が始まる。口の中も繋がっている場所も溶けてしまいそうなくらい気持ちよくて、もう訳がわからなかった。 「かわいいね。僕にこうされるのきもちいい?」  キスが解かれてスピネルの唇がぼくの耳を食む。そのあいだもずっと中を穿たれていて、涙が止まらなくなる。 「っそれ……だめだ……って」 「どうして?」 「っいく、いくから……」 「我慢しないで、たくさんいっていいよ」 「んっ、んっ、あ……だめ。だめだめ」  抉るように腰を使われて瞼の裏側がちかちかとした。それからすぐに、張りつめていたものからとろりと白濁が溢れる。 「中イキできたね」  はあはあと息を乱しているぼくの頬に、スピネルがふんわりと口づける。「えらいね」と褒められて、意味もわからないのに胸の奥がきゅんとした。 「……ん。今、アスターの中がきゅって締まった」 「ひあ」  嬉しそうなスピネルに、達したばかりの内部を遠慮なく擦りあげられ、びくびくと体が震える。そのあともだんだんと速くなっていく抽挿を必死で受けとめた。 「僕も、もういきそう。このままだしてもいい?」 「……っ」 「アスターの中にだしたい」  とんでもないことを求められて、頬が燃えそうに熱くなる。スピネルの出したものを中で受けとめるなんて、どう考えても断るべきなのに、切なそうに懇願されると拒絶する言葉がでてこない。  ああもお、どうしてぼくはこんなにスピネルに弱いんだろう。  もうどうにでもなれという気持ちでこくりと頷けば唇を強く塞がれ、激しく腰を打ちつけられた。 「ふっ、ん、ん、んむっ」  喘ぎ声はスピネルの口内に飲みこまれて、縋るものを求めて伸ばした腕は広い背中にたどり着く。強すぎる快感にただただ必死になっていると、腹の奥で温かなものが爆ぜるのを感じた。  次に目を覚ますと外は明るくて、隣ではスピネルが眠っていた。あんなことがあったというのに寝顔がきれいすぎてうっかり見惚れてしまう。 「睫毛長いな……」  ぽつりとつぶやくとお行儀よく仰向けに寝ていたスピネルがこちらに寝返りをうつ。瞼を持ち上げ目を覚ました彼は、ぼんやりとした状態でまばたきをするとこちらに視線を滑らせた。 「……おはよう。もう起きてたんだ」 「お、おはよう」 「体は平気? 昨夜のうちに拭いておいたけど、気持ち悪ければお風呂に入ってもいいし、お腹が空いてるなら先に朝食を用意しようか」 「体は少し痛いけど、だいじょうぶ。ええと、じゃあお風呂を借りてもいい?」  とりあえず一旦一人で冷静になれる時間がほしい。昨日の今日で、ぼくはまだ頭の整理が追いついていなかった。だから落ち着いて考えられる場所に移動しようとしたんだけど、それよりも早くスピネルがぼくの体を持ち上げる。 「わかった」  突然横抱きにされて、目を剥く。 「スピネル!? じ、自分で歩けるよ」 「うん。でも心配だから僕もついていく」  待って。スピネルが付き添ったら風呂を選んだ意味がない。それとさっきから――いや正確には昨日からだけど、スピネルのぼくの彼氏感が半端ない。おかしい。おかしいよな。いつの間にかスピネルがぼくの彼氏になっている。えっちしたから? でも、する以前からすでにそうだったような気もする。 「スピネルってぼくの恋人だっけ……?」  言葉にしたあとで、なぜそんなありえないことを訊いてしまったのかと後悔する。 「ちがうけど」  案の定否定が返ってきて、そうだよなと納得しかけていると、突然爆弾が落とされた。 「でも婚約はしてるよね」  さらりと衝撃の事実を突きつけられて、言葉を失う。どういうこと? 誰と誰が婚約してる……? 「僕たちが六つの頃にアスターがプロポーズしてくれたの、覚えてない?」 「え」  プロポーズ? 「覚えてないならそれでもいいんだ。子供の約束だしね。でも僕は今もその約束を忘れてないし、将来的にはそのつもりでいるってことは覚えておいて」  やわらかく微笑んでからスピネルは歩きだす。その足取りに迷いはなく、腕はしっかりとぼくを抱きこんで離さない。  もしかするとぼくは、とんでもない相手にとんでもないことをしてしまったのかもしれないと、このとき初めて気がついた。 おしまい

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